闘技大会。探索とは別の時系列として、この島で行われているイベントだ。一日に二試合というハードな回転率での戦いの祭りだが、事前に相手が告知され、戦闘で負った傷は全て癒されて送り込まれる。戻されるときには結局、探索の状態に戻されてしまうのだが。三回戦までを終了した時点で、ジョルジュたちのパーティは全勝、他の四つのパーティも二勝一敗とまずまずの成績を収めている。
「ヤレヤレ、まァ威力がねェのは昨日今日に始まったコトじゃねェケドなァ……。」
アイヴォリーは大きく溜め息をついて、自分の非力さに苦笑を浮かべる。そう、彼の一撃の圧倒的な軽さは今に始まったことではない。それは相手の攻撃を受けて耐えるのではなく、身の軽さで相手の攻撃を見切り、手数の多さで相手に傷を負わせるタイプの者ならば共通の問題だ。
耐久力よりも回避に主眼を置き、体格を鍛えるのではなく自らの俊敏性に磨きをかける。それは逆に言ってみれば、体格を疎かにして俊敏性を鍛えている訳で、体格に伴って鍛えられる筋力は最低限、自分の俊敏さを維持するために必要なだけしか鍛えられないということを意味している。つまり、前衛職として敵に物理攻撃をする者ならば誰でもが必要とする、筋力から得られるはずの一撃の重みはそこにはない。相手の脆い部分を的確に突くことで、多少の恩恵は得られるものの、それとてもあくまでも基本の威力は自分の筋力な訳で、今のアイヴォリーには効果的なダメージを相手に入れる手段は数少なかった。数で補おうにも、今のところ大して他の人間と速度に差がある訳でもない。しかもダガーという武器の特性上、遠心力を活かせる他の長い得物と比べてそもそもの威力が限られていた。
もちろん、アイヴォリーも無策のままだった訳ではない。食料の合成から得られる黒い宝石をいち早く武器の材料とし、現在の状況では一線級といえる逸品をジョルジュに作らせた。そこには黒い宝石から得られる威力強化の魔力付与がなされており、一撃の効果を更に高めている。それなりとは言え、必要最低限の体格維持もしていた。
そして、新しい技。かつてある王国の首都を震撼させた切り裂き魔の名を冠されたその技は、短剣の特性を的確に活かした連撃だ。途中を避けられても止まることのない流れるようなその一連の攻撃は、瞬時に向かい合ったものに六つの傷を刻む。一撃の威力は軽くとも、それが六回になれば相手は派手に切り裂かれ、本来の傷以上に相手の血を派手に撒き散らす。相手に与えた傷を微量ではあっても自らの体力として還元する。それゆえに、この技は切り裂き魔の名を与えられたのだ。
「にしても……威力は低いよなァ……。」
昨日一日を費やしてようやく取り戻したその技を、アイヴォリーは早速闘技大会で導入した。そう、延々と“基礎の基礎”を繰り返し、樫の巨木を相手に訓練したその技。まだ完成というには程遠かったが、それでもある程度当てる自信はあった。どうやったとしても、相手の行動を制限し切れていない状態からの攻撃では、全ての攻撃を当てるというのは不可能だ。相手に選択肢が多すぎて、アイヴォリーのいう“詰み”の状態を作り出すことが出来ない。そもそも、それで全ての攻撃が当たるのならば、アイヴォリーのように相手の攻撃を避けることで耐える戦闘のスタイルは成り立たないのだから。だが、一行動の中での手数が多ければそれだけ当たる数も多くなる。それによって非力さを補うつもりだった。
だが、実際に戦闘の中で、ぎりぎりまで機会を狙い澄まし、タイミングを計って切り込んだその連撃は、奥義というには程遠いものだった。当たらなかった訳ではない、予定していた程度には──アイヴォリーは初めから、二発くらいはフェイントとして織り交ぜる必要があると算段していた──当たったのだ。だが、それは彼のパーティの、メイリーの火力にはもちろんのこと、やえの一撃にも遠く及ばない威力でしかなかった。アイヴォリーに、もっと体格があれば、短剣であってももう少し傷を負わせられただろう。要は、どれだけの逸品を使っても、それを有効に用いて機能させるだけの筋力がなかったのだ。つまりは手の中で玩んでいるに過ぎない。
「つっても、当分は避ける方が先だよなァ……。」
実際のところ、アイヴォリーの本来の役目であるはずの回避も、やえと大差ないものでしかなかった。探索に必要な訓練を優先する余りどっちつかずの中途半端な状態になっているのだ。
「まァ……必要なコトを、ヤるしかねェか……。」
もう一度大きな溜め息を一つ。それで切り替えることにしたのか、アイヴォリーは今度は暢気な様子で鼻歌を歌いながら遺跡外の雑踏へと消えていった。
+ + + 「ふむ……よし、じゃあコイツで頼む。」
遺跡の外に作られた、探索者同士の交流所。取り引きを行うためのスペースとして公開されているそこは、商店街といっても良いほどの人の数だった。人が多いということは、それだけ集まる品物の数が多いことを意味している。お互いに不要なものを、自分の必要なものと交換する。素材はもちろんのこと、それは作製の技術にまで及ぶ。片手間に究められるものではない作製の高度な技を持つ者は、それ自体を対価として自分の必要なものを手にすることが出来る。
アイヴォリーは、露店が無尽蔵に並ぶ人ごみの中をぶらぶらと歩き、一つの張り紙の前で足を止めた。そこには自らが欲しいものと、それに対する対価として魅力がありそうなものを書き連ねたリストが山のように張り出されていた。その中で目を留めた一つの張り紙を手に取り、その書いた本人を呼び出す。
「白砂、持ってんだって?」
現れた相手は一見少女だった。なぜか精霊が浴衣を着ているが、アイヴォリーもいい加減この“島”のそういった面には驚きもしない。ケープの内ポケットのひとつから、相手が欲しい物としてリストに挙げていた白い石を取り出して見せる。
「えーっと、取り引きの人ですか?」
「あァ、丁度欲しかったモンでな?」
多少テンポの遅い相手に苦笑を浮かべながらも、白い石を指し示す。この白い石は、装飾に魔力付与してやることで短時間の能力強化──探索者たちが“祝福”と呼ぶそれ──を与えてくれる。不要なものではなく、むしろこれもそれなりに引き取り手がある代物なのだが、行動回数によって一撃の軽さを補うアイヴォリーの戦い方からすれば、先々不要になるはずのものだった。それに対して、この白い砂には行動を加速してくれる恩恵がある。防具の重量を下げて相手の攻撃を見切りやすくし、装飾に魔力付与すれば行動速度そのものを向上させてくれる。仲間たちの中で誰かが“祝福”の恩恵を必要としているかも知れない、という現実が頭の隅を過ぎったが、考えるよりも先に声をかけてしまっていた。
「じゃあ……この人に送ってください。」
どうやら彼女のパーティメンバーが必要としているらしい。アイヴォリーは彼女から、白い石の送り先の容姿や人となりを簡単に書いたメモ書きを頷いて受け取った。これもこの“島”ではよくあることだった。
「あァ、分かった。……ッてコドモッ?!」
思わず声に出してしまってから、弁解するように苦笑を浮かべる。この“島”では、外見がそのまま本人の精神年齢と結びつくとは限らない。現に目の前にいる少女にしても、恐らくはアイヴォリーよりも遥かに長い時間を過ごしてきた存在のはずなのだから。アイヴォリーは彼女から告げられた相手に白い石を届けるために、彼女に別れを告げてその場を後にした。
+ 数刻後。無事に取り引きを終えたアイヴォリーは、なぜか不安そうに後ろをちらちらと振り返りながら自分のキャンプへと戻っていた。
「だ、大丈夫なのかアイツらあんなのばっかで……。」
最初に取り引きの話を持ちかけた相手よりも“遥かに”見た目相応の、本当の取引相手と交渉した後で、アイヴォリーは彼女たちが順当に遺跡探索を行えるのか、他人事ながらも心配しながら帰途についていたのだった。
+ + + 「おゥ、コイツを頼むぜ。」
新しく作ってもらったばかりの防具を預け、それとともに白砂を仲間のみぅへと渡す。いつも寝ているような気がする彼女だが、魔力付与の腕前に関しては文句のつけようがない。預けた白砂によって、あの革鎧の重量をかなり軽減してくれることだろう。後からもう一つ、先ほど取り引きで約束した白砂が届くはずだ。行動速度向上の魔力付与は、その素材が数少ないために手段が限られる。そのため、元々はアイヴォリーが自分で手に入れた白砂をそちらに使うつもりだった。だが、そうすれば当然回避に回す分の白砂は存在しない。已む無くシルヴェンの持っていた石から回避の能力を取り出して魔石に付与し、それを鎧に合成するという非効率な方法を考えていたのだが、運良くその手間が省けたようだ。
「あァ、そうだ嬢ちゃん。コイツはオレには必要なくなったんで持って行きな?」
丁度目の前の彼女が魔石に回避の魔力を付加したがっていたことを思い出し、アイヴォリーはシルヴェンから貰った石を彼女に投げて寄越した。唐突に、彼女の方すら見ずに投げられたその石を上手く受け取ると、みぅが目を輝かせる。
「良いんですかぁ?
なんか代わりに欲しいものとか……。」
「どうせ貰いモンだから気にすんな。付加の方、ヨロシクな。」
ぱたぱたと手を振って何やら無下に彼女を追い払う。彼女の姿が見えなくなってからアイヴォリーは肩で息をついた。
「ふゥ、貰いモンだから捨てるワケにもいかねェしな……イイトコで荷物の整理がデキたぜ。」
石をくれたシルヴェン、渡したみぅのどちらに聞かれても怒られるような台詞を吐いて、アイヴォリーは辺りを見回す。誰もいないことを確認した上で、アイヴォリーは天幕の中で立ち上がった。
「霞め。」 森に住まうエルフの、彼らが魔術を行使するときの言葉で一言。それだけで、直接服の上から纏った彼のケープが微かに揺らいだ。腕を持ち上げてみると、遅れて自分の残像がついて来る。
が、しばしの間アイヴォリーを幻のように見せていたその幻影は、まさに幻のようにして元の状態へと戻ってしまう。僅かに難しい表情を浮かべてアイヴォリーは肩を竦めた。
「ヤッパコレじゃムリか……。」
今の彼の光学迷彩に付けてもらった発動具は、この遺跡で拾った間に合わせの素材から作ったものだった。この“島”での“理”に合わせるために、とりあえず手元にあるもので作ってもらったのだ。光学迷彩に織り込まれた“真の銀”の糸が溜め込む魔力を発揮するには余りにも弱いらしい。
「ま、作り直してもらうしかねェかね……。」
もう一度肩を竦め、それほど満更でもなさそうな様子でアイヴォリーは呟く。一つずつ、準備して積み重ねていくしかない。
~十二日目──必要なもの~
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- 2007/07/23(月) 10:43:38|
- 偽島
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白砂をひょんなところから追加でゲット。ありがとう、これで加速用を気にせず回避が付加できるよ!……同時に残影の価値が急激にダウンした模様<駄無
ビーストファングは一見使いでの良さそうな技に見えるものの、短剣+幻術なので物魔の予感。期待はしない。
- 2007/07/23(月) 10:41:12|
- 今日のAIVO
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リッパーを初習得。いろんな人ご協力ありがとう!<謎
なんか色々微妙ですががんばりませう。闘技とか。
- 2007/07/18(水) 22:04:23|
- 今日のAIVO
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半歩、正確に、常に自分が無意識で踏み出す一歩の、その半分だけ踏み込む。それから、右手のダガーを振るう。その振り方も、自分が一番自然に、無意識に振り抜いた基本の姿勢で。
その動作を一つの組み合わせとして、延々とそれを繰り返す。無意識の行動を意識して、それをさらに意識的に無意識に行う。半歩ずつ踏み込んではダガーを振るという、ごく単純な動作。その繰り返しを、アイヴォリーは飽きることもなく延々と、既に千回以上も続けている。単純な動作を繰り返しているだけのはずだが、アイヴォリーの額には薄らと汗すら滲んでいた。
「ふゥ……こんなモンか。」
肩で大きく息をつくと、ようやくアイヴォリーは構えを解いた。無意識の動作を意識して普段通りに、しかも無意識に繰り返すという、何やら禅の問答のようなその訓練は、中々に集中力を要するものらしい。
一息ついたアイヴォリーは、今度は肩の力を抜いて自然体のままで、大振りな樫の木の前に立つ。両手には何も握られていない。ブーツに収められたままのダガーを気にして、両方の刃を交差した手で抜き放つともう一度鞘に収め直す。ふん、と小さく鼻を鳴らしてから──
風が動いた。
走り抜けた樫の木には、左右三本ずつ、計六本の刃の後が付けられていた。小さく、ほんの小さな音で両手に握られたダガーが再びブーツに仕込まれた鞘へと戻される。低い姿勢のままで、アイヴォリーは小さく舌打ちした。立ち上がって自分が切りつけた樫の木の幹の様子を検分する。左右から全く同じ軌道で切り込み、測ったように正確な間隔で段違いにずらされた傷跡を見て、アイヴォリーは眉根を寄せた。
「左が……マダ、か。」
左側の傷跡の、真ん中の一本に指を当てて何事か思案しているアイヴォリー。どうやら、その正確に測ったように見える傷でさえも、アイヴォリーからすれば狙いからずれているようだった。
半歩踏み込みの訓練をしていた立ち位置へと、難しい顔のままでアイヴォリーが戻る。今度は左手にダガーを持ち返ると、アイヴォリーは先ほどの半歩踏み込みの訓練を左手で同じように始めたのだった。
飽きることもなく、途中で迷うこともなく。延々と基本の動作を続け、それが終わると次は右手のダガーの振りが二回へと増えた。極稀に樫の木に向かって立ち、風のように駆け抜けて六本の傷を残す。そして再び半歩踏み込みの訓練へと、何事もなかったかのようにして戻る。気の遠くなるような繰り返し。それは、冒険者と呼ばれる職業探険家を訓練する組織が存在する世界であれば、全く得物を扱う技術に心得がない、いわゆる初心者に対して最初に仕込まれる“基礎の基礎”というやつだ。半歩踏み込んで自然な状態で、基本の素振りによって、自らの間合いを身体に叩き込む。ひたすら繰り返すことでそれが無意識に記憶され、どんなときでも自分の攻撃が届く範囲を知ることが出来るようになる。
基本の振りだけではない。どんな動きにも、どんな攻撃にもその“可能な”範囲は存在する。つまり、全く澱みのない、終わることのない連続攻撃であっても、その基礎の間合いは活きて来るのだ。アイヴォリーは、複雑な六連撃を正確に繰り出すために、もういつのことかも分からないほど昔に仕込まれたその訓練を、今再びやっていたのだった。
“ここ”へと来る前に窮めたはずの、短剣での六連撃。今、アイヴォリーはそれを再び覚えるために、その訓練をひたすら続けていたのだった。
+ + + こいつらは、俺に何が目的なのかと図ったようにどいつもが尋ねてくる。その度に俺は同じ答えを返す。
俺の目的は、戦うことだ、と。
そう、俺は戦うためにここへと送られた。戦うために創られた。
それが悲しいと、向かい合った者たちは口を揃えて言う。何が悲しいと言うのか。俺は目的を果たし、今日も戦っている。マナを奪い、奪われ、この“システム”を完成させる、それだけのために。
俺は口の端に笑みを浮かべて、今日の対象を決めることにした。
+ + + いつもの朝の風景。アイヴォリーは、朝の誰もまだ起き出さない内に短剣の訓練を終えた。アイヴォリーはいつもそうだ。何か大きな変化を自分に起こすようなときには、必ずそれを人に知られないように、誰もが寝静まった深夜か、もしくは誰もまだ起きてくるはずのないような早朝にそれを済ましてしまう。自分が努力していることを人に決して見せない、アイヴォリーはそういうタイプだった。
「アイヴォリーさ~ん。」
誰かがアイヴォリーを呼んでいる。日も昇らぬような朝の早い内からダガーの基礎訓練にたっぷり時間を費やした彼は、もうすぐ移動の時間だというのに自分の天幕で二度寝を貪っていた。
「んあ~、マダだ、マダ終わっちゃいねェ……。」
恐らくは睡眠時間のことなのだろうが、やたらに威勢のいい台詞を、枕を抱きかかえた姿勢のままでまどろみの中、アイヴォリーが呟いた。起こしに来た──もっとも、彼にはそもそも別の目的というか、アイヴォリーに用事があったのだが──ジョルジュのこめかみが僅かに痙攣し始めているように見えなくもない。
「アイヴォリーさん!!」「ふぇッ?!
こ、ココまでかッ!」
ここまでも何も、一般的な探索者の基準からすれば──しなくても──寝過ぎである。ジョルジュの腹の底からの大音声に、流石のアイヴォリーも飛び起きた。
「なななな、ナンだジョルジュ、そんなシュミはオレはコトワるぞッ!」
またしも明らかに誤解されそうな発言とともに、さぼって寝ていたところを起こされたアイヴォリーが慌てて飛び起きる。ちなみにその頬にはまだ涎の跡が銀色に光っていたりして情けないことこの上ない。
「そうじゃなくて……。
アイヴォリーさん、合成をお願いします。」
こんな体たらくのアイヴォリーを相手にしても、依頼の際にはきちんと頭を下げるジョルジュ。何というか、育ちの良さがアイヴォリーのそれを比較され過ぎて、この場合は何か物悲しさすら感じさせる。
「あァ~、合成か……メンドクセェなァ……。」
あろうことか──まぁ寝起きという意味ではある種当然なのかも知れないが──アイヴォリーから返ってきたのはそんな返事だった。毛布代わりに自分に巻き付けていた光学迷彩のポケットの中の一つからごそごそとメモを取り出すと、今日の予定表なのか何かのリストを適当に見る振りをして、アイヴォリーは答えを返す。
「ん、今日は予定がイッパイだ。明日にしな。」
それだけを言って、そのままばたりと倒れいぎたない眠りに戻るアイヴォリー。流石に額に青筋を浮かべながらジョルジュが叫んだ。
「アイヴォリーさんッ?!
貴方の合成は今日空いてますよねっ?!」
「……ソコまで知られてるなら仕方がねェな……知りスギたテメェを恨むんだな……?」
寝た振りだったのかぴょこりと、まるで倒れたときの巻き戻しのようにしてアイヴォリーが身体を起こす。一体何の話なのか、やたらに物騒な台詞とともに、さり気なくブーツに収められたダガーに手を伸ばしている辺り冗談ではないのかも知れなかったが。
「いやいやそうじゃなくってっ!
アイヴォリーさん、お得意のこれ、お願いします。」
ダガーに手をかけたアイヴォリーを気にした様子もなくジョルジュが素材を差し出した。アイヴォリーはどうも納得が行かなさそうだがそれもそのはず、どうも最近ジョルジュに怖がられている感じがしない。まぁあれだけ練習試合で負け続けていれば当然という気もしなくはない。アイヴォリーもアイヴォリーで、思わず素材を受け取るために手を出していたりする。
「……ふむ、コレは、草だな。」
「ええ、草です。」
夢に溢れた右手と未来への決意に満ちた左手。ずばっと突き出されたジョルジュの両手に握られていたのは、どちらもその辺に生えている草だった。
「……んで、ナニがお得意ナンだ?」
「ええ、ですからお得意のどうしようもないへぶしっ?!」
何の予備動作もなしにいきなり繰り出された正拳に、ジョルジュは反応できなかった。しかも革のグローブのままである。冗談では済まないほどに痛い。だが、微妙に手加減されているのか、それとおも適当に打ち込んだだけなのか、幸いにして直撃を受けた鼻も折れた様子はない。のけぞった体勢からゾンビのように復帰して、ジョルジュが明後日の方向を眺めた。
「とりあえず……どうしようもない物体をお願いします。」
「ヤレヤレ……仕方がねェな……。」
適度に萎びて、食用としても不適合になりつつあるおいしい──おいしかったかもしれない──草を、アイヴォリーは受け取っていつもの謎な装置の箱に突っ込んでいく。二つ折りにされた板状の機械を開き、鼠のような操作モジュールをやる気もなさそうに動かして、アイヴォリーは“実行”ボタンを押した。
ちーん。
そろそろ聞きなれた音がして、アイヴォリーは片方の箱の扉を開けた。中のボウルには、草が溶けただけのようにしか見えなくもない、緑色の何やらどろどろしたゲル状の物体が入っていた。青臭い臭いが辺りに立ち込める。やはり草が溶けただけのようにしか見えない。
「まァナニに使うのかは知らねェケド、ソレ、コレでイイか?」
「ありがとうございます!」
溶かしただけで本当にこれで良いのかどうかはともかく、ジョルジュはそれを受け取るとアイヴォリーに丁寧に頭を下げて自分の天幕へと戻っていった。再びごろりと横になり、うとうとし始めるアイヴォリー。
「ヤレヤレ、人の安眠をジャマしヤガッて……。」
「たのもぅ~っ!!」 仮面の向こうから発せられた大音声に、再び飛び起きるアイヴォリー。彼の受難はまだ終わってはいなかった。
~十一日目──基礎の基礎
- 2007/07/18(水) 22:01:47|
- 偽島
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そんな訳で帰省していたんですがようやく一段落。遠くに住んでると法事って面倒ですな。
ようやく次回リッパー初習得確定。親切な小人さんたちありがとう。でも次回で帰還なので、使用回数増えた状態で持っていくのは無理らしいです。ごっつ意味なし。というか拘らなくてもいいことに固執しすぎたために明らかに技が少ない現状はどうなのよ。
幻術はじめました。冷やし中華っぽく。(ただし実は未来系)
EVA上昇は相性良いと信じたい。ていうか回避付けたら無意味ちゃんですか?
どうせすぐに技の関係で持っていかなくなるのさ。回避じゃ敵は死なんからなッ!<自爆
- 2007/07/10(火) 13:02:52|
- 今日のAIVO
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全身傷跡に飾られたその身体。鍛え抜かれながらもしなやかさを失っていない、その柔軟で俊敏な動き。そして鋭く光る牙。その一撃を掻い潜りながら、アイヴォリーは狙い済ました一撃を送り込む。
「この軌道……見切れるかい?
右と左のカマイタチはダテじゃねェぜッ!」
左のダガーが突き込まれ、さらに捻られる。主要な血管の一つを切り裂いたのだろう、傷の深さよりも派手に血を撒き散らしながら相手がゆっくりと崩れ落ちていく。
「悪ィな、力なき正義はゴタクッつーんだ。ウデを磨いて出直しな。」
いつものひねくれた笑みを口の端に浮かべ、アイヴォリーがそう呟いた。いつも自分に刻み付けるようにしている、一つの“真実”。それを、まるで自分に向けて言い聞かせるようにして、彼は呟いた。
「ヤレヤレ、まァ思ったよりはラクだったかねェ。……二人とも、大丈夫か?」
足元に倒れ、戦意を失ってじりじりと後退を始めている相手にちらりと目をやってから、それに構うことなくアイヴォリーは二人へと振り返った。ようやく肩の力を抜いて一息ついた二人の少女たちはアイヴォリーの言葉に頷いて答える。
「うんっ、ボクは大丈夫よ。」
「わたすは大丈夫じゃけど、ビーバーさん、大丈夫じゃろうか……?」
そう、今回のアイヴォリーたちの相手は。なぜかビーバーだった。
流石に“島”に慣れたアイヴォリーは驚いた様子もなく、そのやたらと暑苦しい口調で喋るビーバーに平然と応対した。恐らくはこの南側、二本の川が合流している部分のことを言っているのだろう“谷”の平和に関しては、一切関知しない。だが、この遺跡を探索する者である以上戦わざるを得ない。そのようなことを短く告げて、戦意に溢れたその暑苦しいビーバーに率先して切りかかっていった。だが、彼とともに戦う少女二人はそのような訳には行かなかったらしい。
「ボク傷薬持ってたと思うんだけど……どこに行ったかな……。」
「落ちとった薬、置いといたらえかったねえ。」
どうやら、今退けたビーバーの傷の心配をしているらしい二人の会話を聞いて、アイヴォリーが思わず苦笑を浮かべる。もし今のビーバーに負ければ自分たちの傷の心配どころではないというのに気楽なものだ。
「あ、あったよ!
やえちゃん、一緒に渡しに行こう?」
「渡すときに触れっかなぁ?」
しかも傷の心配もそこそこに、彼女たちの話題はビーバーに触れるかどうかに移っているらしい。戦闘で傷を負わされ、さらにべたべたと触られたのではたまったものではないだろう。アイヴォリーは溜め息をつきながら少しだけ今倒した相手に同情した。
「渡してきても良いかな、アイ?」
「おゥ、スキにしろ。」
どうせ止めても二人が相手では思ったようにするだろう。アイヴォリーは投げやりに手を振って相方にそう答えた。何となくもう一度ビーバーが下がっていった方へと目をやる。そもそもまだその場に留まっているのか怪しいものだった。
だが、ビーバーはまだそこにいた。ぐらり、とよろめき倒れると、淡く輝く光の粒子が彼を包み始める。光の中でビーバーの姿は徐々に薄れ、そして消えた。
「えええっ、アイ、消えちゃったよ?!」
メイリーのどこか残念そうな叫びを聞きながら、いつかアイヴォリーの浮かべた笑みは皮肉で冷たいなものに変わっていた。小さく鼻を鳴らして立ち上がる。
「あァ、メイリーたちに心配してもらわなくたって、今のケモノは大丈夫だろうさ。オレが保証するぜ。」
肩を竦めて荷物の元へと歩き出す。そう、こんな光景は今までに何度も見たことがある。かつての“島”、遺跡の中で、アイヴォリーとメイリーの前に倒れた宝玉の守護者たちは、力を失い宝玉を二人に渡すとそうして消えていった。何のことは無い、彼らが再び訪れても守護者は現れないが、まだ宝玉を手にしていない探索者が現れれば何度でも彼らは立ち塞がるのだ。それは、未来を閉じられ“島”に永久に拘束されることになった、その証。通常の探索者でも、生き物でもなく、“障害”としてそこに“設置”されたという証なのだから。
“島”は確かにその内に、宝玉を秘めている。その一端を見せられた気がして、アイヴォリーはどこか安心するとともになぜかやるせなさを感じていた。だから足元に目を落としたままで、集合場所へと足早に戻り始めた。
出来ることは唯一つ。自分が宝玉を手にすることだけだ。
+ + + ビーバーを倒して帰還の準備をするアイヴォリーたちの元へ、朝唐突に届けられていた一通の手紙。それはどこからもたらされたのか、夜の間に三人の天幕の入り口に置かれていた。顔を洗って寝起きの悪さを払拭しようと、自らの天幕から出ようとしたアイヴォリーは、普段からそういった突発的な何かに反応することには長けている。そんな訳で、踏み出そうとした右足を持ち上げたままで、アイヴォリーは視線を足元へとやった。
「ふむ……。」
どこからもたらされたかはともかくとして、その差出人は明白だった。その手紙は、かつて彼らをここへと導いた“招待状”とまったく同じ紙で出来ていたのだ。
「ナニナニ……貴君らの参加を歓迎する、対戦相手はおって決定され、決定され次第連絡、この手紙をもって参加証とする……ふむ。」
ざっと流し読みをして頷くアイヴォリー。要するに、この島で行われている闘技大会への招待状だった。
「あっ、アイボリーさん、こんなものが!」
起きてきて同じように見つけたのだろう、やえが同じ書面を大げさに振り回しながらやってきた。同じように天幕の外に置かれていたらしい。その手紙の真ん中には見事な足跡が一つ、鮮明に残っていた。それを見て思わず苦笑を浮かべるアイヴォリー。
「あァ、ウッカリ忘れるトコだったぜ。よし、メイリーも起こしてきてくれ?」
アイヴォリーたちは、前回である第一回の闘技大会には参加していない。やえのタイミングが合わなかったために参加の機会を逃したからだ。最初に参加者をまとめて募り、それから一定の期間追加募集は行われない闘技大会のシステムのお陰で、アイヴォリーたちは第一回の闘技大会を指を咥えて見ているしかなかった。無論すぐさま第二回への登録を済ませておいたのだが、それから数日が過ぎてアイヴォリー自身も闘技大会のことを失念していた。
「まァ……最初はムリだろうさねェ……。」
メイリーを起こしに、彼女の天幕へと走っていったやえの後ろ姿を見ながら一言。第一回において、ジョルジュやシャンカたち、同じ仲間の中でも飛び抜けた成績を残したものはいなかったようだ。それでなくてもアイヴォリーたち三人は、今のところ戦闘で優位に立てる手駒を持ち合わせていない。昨日の練習試合でもそうだったように、ジョルジュたち三人を相手にしての戦闘ですら、勝ち目は薄いのだ。
「ま、ソレでもウデ試しだと思って、軽く慣らしするニャイイ機会、だよな。」
少しずつ技を揃え、勝てるようにしていけば良い。そして、実際の対人戦で刃を振るわなければならないそのときに勝てれば良いのだ。戦いの厳しさを二人に知ってもらうには丁度良い機会だろう。アイヴォリーはそう自分に言い聞かせて微妙な笑みを浮かべたのだった。
+ + + 「俺の役目も終わり、か。」
虹色の外套に身を包んだ男がそう言って膝を突く。だが、その表情はどこか安らぎに満ちていて敗北の色からは遠い。
「っ……。」
その様子をモニタから眺めていた緋色の男は小さく舌打ちした。珍しく不機嫌そうに、左手の指で机を叩きながら小さく溜め息をつく。
「やれやれ、仕方ないな……やはり素体があれでは限界があるか……。」
ようやく諦めがついたのか、苦笑を浮かべてお気に入りの椅子へと背を預けるとゆっくりと呼吸を整える。いくら出来の悪い分身とはいえ、自らから切り離した一端が破れるのは見てて楽しいものではない。
「所詮は魔術師……いや、手品師といったところ、かな。」
鼻で小さく嘲笑い、口の端を歪めて表示された戦闘結果から情報を抽出するための天使のアイコンを起動させる。今の敗北も含めて、戦闘から得られた情報はこれによって天幕のデータベースへと取り込まれファイルされるのだ。天幕の戦闘データベースから取り出したものを補完し、より詳細にしていくための情報収集の一環だった。
“夢”として定義されているあの世界、だがそこに留まり続けるためにはマナが必要になる。何のことは無い、“夢”ではなく、主催者にとって体の良い箱庭の地獄なのだ。得られたデータを“偽り”にフィードバックするための。マナがなくなれば、彼らそこで戦う者たちは本当に消える。だが、それを明らかにしてしまえば誰も寄り付かず、戦わない。そのための餌、もしくは免罪符なのだ。
「まぁ……このまま消えてもらっては困る顔ぶれがいるからね……もう少し頑張らせなければ……。」
運命の道化師は、口の端を歪めたままでそう小さく呟いて、自分の分身の行動を規定するための入力画面へと移動した。そう、これによって彼は“色を持たぬ者”の行動を無意識に操作し、支配しているのだ。
あの“夢”の中に、“猿の手”の闇に取り込まれてしまった同業者がいる。彼ら“運命調律者”、もしくは“観察者”は神ではない。唯、人よりも僅かに上位の世界にその席を与えられただけの、管理者でしかないのだ。だが、時に彼らの中で、その力の有益さゆえに、自らの限界を見誤る者が現れる。運命を書き換えるという作業の不条理なまでの強さに酔い、本来の役目から逸れてしまう者が。しかし、その結末は一つしか存在しない。
破滅。
“猿の手”と彼が呼称するのは、故なきことではない。自らの願いを叶えれば、それは不幸を伴って成就する。それを知らなければならないのだ、彼ら全ての“管理者”は。
「オスカー、君は自らの壁を把握していない……このままでは駄目なんだよ……。」
僅かに暗くなった部屋の中、その呟きは誰にも届くことはない。
~十日目──壁~
- 2007/07/10(火) 12:57:31|
- 偽島
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さてさて、この不便な環境はどうしたものだろうか。
僕は今、これを外から書いている。僕が元あった場所、本来あったところに、ひととき戻ったからだ。だが、これはあまりにもよろしくない状況だ。技術が退化することがあるのならば、それは技術が存在しない世界よりもさらに絶望的で、より不幸なことだろう。だが、僕たちはそうでなければ自らに与えられた恩恵というものを、実感出来ないのだ。
だから僕たちは、こうして不自由を背負いながら、自らが幸せであると知る。そしてそれは、それ自体が恐らくは幸せなことなのだろう。──いずれ、またこの感覚を容易に手放してしまうのだとしても。 + + + 姿勢を低くしたままで、一気に相手の懐まで滑るようにして走り込む。間合いが短く、それゆえに鋭い動きを可能にしてくれる短剣という武器を使うアイヴォリーの常套手段だ。そして、それは相手が何者であっても──たとえ自らの上背を超えるほどに大きな蟻であっても──変わることはない。
「昔はねェ……コレでもアサシンだったんでなッ?!」
口の端で笑みを浮かべ、アイヴォリーは左のダガーを振り抜いた。浅く掠めるように振られたその刃は、確実に相手の移動先を制限するために大きな挙動で弧を描く。その移動先には右手から繰り出される突きが待っているのだが、今回はアイヴォリーの狙いが正確過ぎた。もしくは単純に、敏捷性よりも耐久性に勝る蟻の方に避ける気が無かったのかも知れないが。何にしても、フェイントで振られたダガーがその足の一本を切り飛ばし、それでも痛みを感じないのだろう巨大な蟻は、アイヴォリーを面倒なものとして認識したらしい。かちかちとその牙を鳴らしながら頭ごとアイヴォリーに向かって突っ込んできた。
「ッ!!」
右手の突きの挙動という、自らの予定していた動きを外されて、一瞬動きの止まったアイヴォリーはその顎を避ける動作に入るのが僅かに遅かった。上から迫り来る大きな頭が土煙を巻き上げて、アイヴォリーの姿を隠す。
「アイっ!!」
メイリーの差し上げた両手の先、宙で黒い雲が蟠り赤黒い雨を降らす。まるで血のようなそれは蟻の胴へと降り注ぎ、その茶色い甲殻を腐食した。舞い散る土煙がその不浄な雨によって静められ、頭をもたげて不快そうに身を捩る蟻と、押し倒されて血の滴る腕を押さえたアイヴォリーの姿を露わにした。
「クソッタレ、フル回転でイクぜ!」
無理な体勢のままでダガーを振るいながら退路を切り開こうとするアイヴォリー。動きが取れないということは、装甲の薄いアイヴォリーにとって即、死を意味するからだ。やえが槌を振るってそこへ飛び込み蟻たちの注意を逸らす。三匹の内二匹はその派手な動作に気を取られてそちらへと向き直った。だが、少しでも食料を確保しようと考えたのか最後の一匹が倒れたままのアイヴォリーへと再びその顎を突っ込んだ。
「ッ!」
アイヴォリーが気を吐いて、仰向けのままで身を丸める。身体のばねをぎりぎりまで溜め込むと、その反動で跳躍しアイヴォリーは立ち上がった。
「遅ェんだよ、ハエが止まってるぜ?」
不敵な笑みを浮かべて自らの直前に突っ込んだ頭を蹴り、その反動で間合いを離す。一瞬だけ自らの傷ついた腕に目をやって、アイヴォリーはどこか楽しそうに呟いた。
「コイツはちっとばかり高くツくぜ……カクゴはオーケィ?」
間合いを取って睨み合い、ひととき動きのなくなった戦場で、再びアイヴォリーが先陣を切って駆け込んだ。
+ + + 「う~ん、コイツはマイッたねェ……。」
珍しく眉根を寄せて、アイヴォリーが唸っていた。天幕の中に置かれた、彼愛用の簡単な折り畳み式の机と、いつも切り株を利用して作られる簡素な椅子。そのいつもの決まりきったキャンプ風景の中、中央で彼の悩みの種になっていたのは、机の上に転がされた小さな石だった。
一見何の変哲もない、ただの小石。だが、それはこの島の中でパワーストーンと呼ばれ重宝されている。その石には力が込められており、それは宝玉の力と関係していると専らの噂だった。確かに、遺跡の中で遭遇する様々な動物や怪物たち──”主催者”に操られて探索者たちの“障害”となったものたち──が、倒されたときに大概これを出すことから考えれば、その噂もあながち嘘ではないのかも知れない。噂の真偽はともかくとして、装備を作製するときのエネルギーとして使用できるという点から、この石は島での通貨として用いられていた。外から持ち込まれた装備は全て島の“理”に合わぬためにがらくた同然となり、それゆえに探索者たちはこの島で得られる素材から装備を向上していかなければならない。そして、装備を作る際にその“理”を与えるのがこの石から得られる力なのだ。つまりは、探索者たちにとってなくてはならないものだった。
「足りねェなァ……。」
机に広げられた小石の山を前に一言。アイヴォリーは小さく呟くとため息をついた。要するに、装備を作成したいのだが手持ちが足りない、という、いかにもありがちで、どこか所帯染みた悩みだったらしい。
より良い装備を作るためには、より良い素材から作り出すことが必要になる。そして、より良い素材を加工するためには、それだけ多くのパワーストーン──要するにこの島の中では金と同義だ──が必要になる。より良い素材の確保という最初の問題点は、幸か不幸かアイヴォリーが担当することになった合成によって賄われた。食料を合成して得られる素材は、彼らの段階で“障害”と戦って得られるそれよりも格段に良いものなのだ。
だが、食料の買い入れ、つまりは素材を大量に買い込んだことによって、今のアイヴォリーは作製に回すほどのパワーストーンを持っていなかったのだ。無論彼は第二ダイブの戦闘によって、必要な資金を確保するつもりだったのだ。だが、アイヴォリーにとっては不幸なことに、今日戦うビーバーは、無一文らしかった。
「ヤレヤレ……仕方がねェな。ビーバー終わって、明日のテキ倒してからかねェ……。」
たまにやってくる遺跡外での買い入れを除けば毎日戦っているのだから、いずれ充分な資金は手に入る。だが、装備の新調が遅れればそれは敗北へと繋がり、ひいては探索者同士のレースに後れを取ることになるのだ。いつまでものんびりしている訳にも行かないのが実際のところだった。
「どうしたの、アイ?」
そのあまりにも“深刻な”悩みにとらわれていて、アイヴォリーはメイリーが顔を覗かせたことに気付いていなかった。声をかけられてようやく彼女の存在に気付き、慌てて振り向く。まるで手品か何かを使ったかのようにして、一瞬で机の上から小石の山は姿を消した。盗賊として様々な手先の器用さを求められる作業に慣れたアイヴォリーにとっては、その程度造作もないことだった。
だが、長らく相方を務めてきたフェアリーは彼よりも更に一枚上手だった。
「ふ~ん、お金、いるの?」
「んぼうッ?」
メイリーの、細かく区切って小さく、しかししっかりと発音されたその単純な質問にアイヴォリーが奇声を上げた。本人にそのつもりがなくしかも成り行きとはいえ、仮にも十人以上の仲間たちを束ねるアイヴォリーが、自分の財布のことで悩んでいるのではあまりにも格好がつかない。メイリーだからまだ良かったのだろうか、これがジョルジュ辺りだった日には面目も何もあったものではない、などとアイヴォリーはどうでも良いような天秤を心の中で揺らしながら引きつった笑顔で明後日の方角へと目をやった。
「んなワケあるか。べッ、別にコマッてナンかいねェッつーの。」
顔は明後日の方角を向いたままで、しかも目が泳いでいる。
「それで、いくらいるの?」
「……二十ほどです……。」 容赦ないメイリーの追撃にたじたじとしながら、アイヴォリーは小声で答えた。メイリーは懐から猫の顔の形をしたポーチを取り出すと、その中を覗いて小さく唸った。
「う~ん、今ないなぁ……少し待っててね。ボクのテントから取ってくるから。」
「メイリー、オマエえれェカワイイ財布持ってんのな……。」
いつも冴え渡るアイヴォリーの減らず口にも切れがない。さっさと天幕を出て足りない分を取りに行ったメイリーを追いかけて、アイヴォリーも天幕の外へと出た。
「アイ、行くよ~。」
天幕を出たばかりのアイヴォリーに向かって、可愛らしい掛け声と共に、可愛らしい猫の顔が迫ってきた。だがその見た目とは裏腹に結構な速度が乗っている。中身は石なのだから当然なのだが。
「うおッ?!
メイリー、こんなモン投げて寄越すなッ!ッつーか当たりドコロ悪かったら死ぬぞコレッ?!」
「はいはい、アイに貸しなんだからね?」
容赦なく駄目押ししてくるメイリーに気圧されてアイヴォリーが怯む。どうにか顔の前で受け止めたその可愛らしいポーチに目をやって、どうにかアイヴォリーは聞き返した。
「ッてコレゴトかよ?」
だが、平然とした声で返ってきたのは更なる追撃だった。
「無駄遣いしたらダメだからね?」
「オレはコドモかッ?!」
明らかにアイヴォリーに分が悪いのだが、それでもささやかな抵抗なのかアイヴォリーがさらに叫んだ。だが、そもそも最初から負けている。
「ご利用は?」
「……計画的に……。」
完封されたアイヴォリーががっくりとうなだれる。そして当然この大声でのやり取りはキャンプの全員に聞こえていたのは言うまでもない。
~九日目──自由にならないもの~
- 2007/07/10(火) 12:55:51|
- 偽島
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「さてさて、忙しいね。こんな何も無い書斎に、わざわざやって来なくても良いだろうに……。」
古び、時の止まったような趣すらある書斎の奥、常にそこにある主の場所で、赤い男は小さく一人ごちた。情報管理室であるとともに情報の集積体であるこの場所には、そもそも接続を許された者しか訪れることはない。その気になれば全ての接続を遮断して、永久に自分だけの時間に没入することも出来るのだ。
だが、先ほど退室していった執事に続いてもう一人の訪問者が入室を待っていた。彼には、会わなければならない。たとえどれ程に、その会合が気が向かないものであったとしても。
「ジンク=クロライド、入ります。」
「やぁ、“軍曹”。久し振り。」
律儀なノックで入ってきた中年の男。かつて着ていた時代がかった軍服には、今は手を加えられて虹色天幕の支給する正規軍のそれと調和が図られている。今のそれではなく、運命調律者は敢えて、かつて出会ったときにそうだった階級で彼を呼んだ。それを気にした様子もなく、その男は堅苦しい敬礼を紅の魔術師へと向けた。
「此処では、そんな挨拶は必要ないよ。座りたまえ。」
椅子を勧められ、だが中年の男は直立不動の姿勢を崩そうとはしなかった。それは、まるでその椅子に座ることが畏れ多いのか、もしくは純粋に、相手に敵対する様子を見せずに警戒する、そんな態度の表れだった。
「質問があります。」
「……僕は君に、座りたまえと言った。」
珍しく、普段は見せない強圧的な口調で運命の道化師がそう繰り返す。それを聞いて軽く一礼し、ジンクは勧められた椅子に素直に腰掛けた。それは命令に従うというよりは、これから話を聞きだすための迎合の一つだった。なぜならば、これから彼が考えていることを実行するためには、この男の協力がどうしても必要になるはずだったからだ。
「それで、何が聞きたいのかな。」
あくまでも平静に、これから来るはずの質問を完全に把握した上で、赤いローブを来た男はそう尋ねて見せる。これだけ天幕の内部が混乱しているのだ。その原因が天幕の歴史の中で唯一発生した“裏切り者”の処遇についてなのだから、超越的な権限で今までそれを管理していたこの男の元を訪れて尋ねることなど決まっている。だが彼は、敢えてそうやって相手に話をさせるのだった。まるで、その人物を試すようにして。
「離反者の処遇について、“金色”から発令された討伐命令についてです。」
その言葉を聞いて、運命を操る魔法使いは口の端に酷薄ないろを浮かべる。かつてジンクがどこかで見た、小さく肩を竦める仕草でその男は鼻を鳴らした。
「当然の成り行きだ。いつまでも、裏切り者をのさばらせておく訳には行かない。虹色天幕の対面、沽券に関わる。既に彼に与えられていた“聖域”は存在しない。特別扱いは終わり、要するにあるべきところへと戻したというだけのことだよ。」
当たり前の回答。模範的過ぎるほどに、的確な。
「君の考えていることは分からなくはない。
……だが、天幕からあの島へと確保されていた通路は何者かによって破壊された。復旧の目処は立っていない。あの島へと行くことは不可能だよ。──超越的な、ある種の方法以外では、ね。」
「つまり、不可能ではない、と?」
欲しかった答えを一言に集約し、運命の道化師にぶつけるジンク。だが、目の前の男はそれに答えずに部屋の隅へと視線を逸らした。
「完全に、ではない。あの島の特性上、これ以上の人員を送り込むことは不可能だ。だが意識を飛ばすくらいのことは出来る。姿を見せ、言葉を発するくらいは可能だろう。だが、物質的にお互いに干渉することは出来ない。幽霊みたいなものだよ。無論、天幕の魔力回路から大規模な供給を受ければ完全な転送も可能だ。だが、そんなことをすれば、誰かが転送を強制行使したということが一目瞭然になるだろうね。
何はともあれ、あの島の中でも限定的に位置座標を指定して飛ばすのならば、“媒体”が必要になる。近しい者の作った何か、想いの込められた何か。そういった魔術的な媒体と関連性がある者を飛ばす分には、目標地点に正確に投影できるだろうけれど、全く関連性のない人間をピンポイントで狙った場所に送り込むことは不可能かな。」
紅の魔術師は、こう言ったのだ。
君なら正確に送り込むことが出来る。と。それを聞くとジンクは小さく頷いた。
「……だが、おやっさん。あの島には、君がかつて隊長と呼んだ男がいる。」
運命を玩ぶ書き手は、その表情を崩さぬままで、どこか冗談めかした調子すら込めて、かつて呼んだことのある愛称で、彼をそう呼んだ。まるで、何かを試しているようにして。
「彼が目の前に現れたら、君はどうするのかな?」
「天幕の敵として、討ちます。」
ジンクがそう答えた瞬間、刹那だけ書斎の雰囲気が変わった。何かを惜しむように。何かに憤るように。その“吹かない風”はその刹那でジンクを打ち据え、去った。そして実際に響いたのは、運命調律者が常に身につけているという魔筆が、机の上に静かに置かれた音だけだった。
「──構成員の鑑だね、君は。」
どこか皮肉染みた言い方で、道化師はそう呟いた。口の端を酷薄に歪め、まるで何かを嘲笑するような響きでもって。彼は再び机に置かれた魔筆を手に取ると、それを弄くって視線を落としたままで、鼻を鳴らしてこう続けた。
「そうだね、例えば君がその銃でもって僕を脅し、無理やり転送させようとすれば僕は従う外ないだろう。」
この書斎の中で、この尊大な主の意図に沿わずに何かを成し遂げた者は、誰一人としていない。“ここ”は、彼が創り上げた彼の“城”、世界なのだから。だがその赤い男は、彼に目を合わせることすらせずにそう呟いた。
「分かりました。また“何か”あった時には、よろしくお願いします。」
ジンクが頭を下げ、立ち上がる。扉に手をかけ退出しようとする彼の背中に対して、運命調律者は言葉をかけた。
「洗脳などというものは、脆いものだ。心が揺さぶられればあっけなく破綻し、崩壊する。覚えておきたまえ。」
小さく頷いて、部屋を出たジンクを見送ったままの姿勢で、運命調律者は小さく舌打ちした。苦々しく、まるで自らに変えられない運命を目の前にしたかのような様子で。
+ + + “第二ダイブ”と彼らが呼んでいる遺跡探索。単独行動での遺跡調査から合流、だがその中で、メイリーの敗北、そしてジョルジュたちの人狩りとの一戦と、一筋縄ではいかない“第一ダイブ”からの仕切り直し。アイヴォリーたちは、遅ればせながら七日目にしてようやく本来の意味での“探索”を始めたと言えた。
「さてさて、今日も忙しいねェ……。」
ルミィの置いていった移動式の簡易ラボを横に、持ち込まれる素材をいかにも面倒くさそうに、アイヴォリーは弄繰り回していた。その全てが保存食。つまり、探索者たちが探索に際して遺跡に持ち込むような類のものだ。乾燥させた肉のようなものから缶詰まで、その種類は多岐に渡る。だが、結果から言えばその中身は大差ない。決まった金額で得られる食料品などどれも似たようなものなのだ。それでも、現在のアイヴォリーたちの“主食”となっているパンくずやおいしい草に比べれば、十二分に真っ当な“食料”の体裁を取っていた。だが、彼らにとって残念なことに、これらの保存食はまだまだ彼らの口に入るには“高価”な代物だった。
「ヤレヤレ……本末転倒ッてのはこういうコトを言うんだよな……。」
食料同士の合成から得られる素材は、現在彼らが戦闘をこなして得られるそれよりも格段に強い。となれば、良い食材を腹に収めてその日を快適に過ごすよりも、自身の骨身を削ってでも良い装備を得たい、というのが自然の流れ。お陰で彼らは相も変わらずパンくずで糊口を凌ぎながら、第一ダイブで得た通貨で買った食料を素材に合成で変化させるという“一般的な”探索者の行為に勤しんでいた。
「んーと、マズはこの缶詰を開けて中身を取り出して……この手のヤツは全部混ぜて使うんだったよな……。」
アイヴォリーが手にしたのは“レーション”と呼ばれる携帯食料だった。鳥の煮込んだスープと乾パン、ジャム、そして香辛料。味はともかく、割とまともな食料の部類に入る。だが恨めしそうなアイヴォリーの視線に晒されながらも、そのアイヴォリー本人の手によって全ての内容物がボウルに開けられた。ルミィの置いていった金属の器具でそれらを丹念に混ぜ合わせ、すり潰していく。まともだった食料は徐々にまともではない何かへと、ボウルの中で変質しつつあった。
「んで次はコッチな。」
水でふやかしていたらしい干し肉を、もう一つのボウルへと水ごと空ける。ルミィのメモによると、水を捨ててしまっては駄目らしい。出汁がどうの栄養がどうのとメモには書いてあったが、正直腹に収まる訳でもなしアイヴォリーにとってはどうでもいい類のことだった。
十分にかき混ぜられてペースト状になった“元食料”を、一つの箱へ。そして水で戻した干し肉をもう一つの箱へ。その二つの箱は細い紐状のものを介して薄っぺらい板に繋がれている。要するにハルゼイの知識で作られたコンピュータなのだが、アイヴォリーにはさっぱりこれの本質は分かっていない。ただ鼠のような、中央の機械から生えた半球状の物体を動かすと中央の機械の中で矢印が動く、という程度の認識だ。とてもではないがルミィの置いていったマニュアルがなければ使えたものではないのだった。
「コレだっけ?」
“合成!”と書かれた画面上のボタンを押して溜め息をつく。天幕にあった機械はそれなりに使いこなしていたが、あれはもっと洗練され、音声認識や動作認識といった直感的な操作を実現していた。土台科学力が違うのだから無理もないのだが、それでも全く理解のない人間が操作する上でどちらが使いやすいのかは言うまでもない。
「さて、デキましたかね……。」
二つの箱の中では火花が飛び散って轟音が響いているが、流石にもう慣れたものだ。軽い鐘の音で作業終了が知らされたのと同時にアイヴォリーは一つの箱を開けた。中のボウルには真っ白な枝らしきものが入っている。
「まァ……こんなモンかね。」
とりあえず合成は成功したらしい。アイヴォリーは預かっている食料を全て処分すべく、次の保存食を開封し始めた。
「……ヤレヤレ、仕方がねェな。」
ぽつりと一言。見据えた砂の向こうに巨大な黒い影が蠢いている。距離とその大きさからして、近づいたときのサイズは推して知るべし。数は三体。今のアイヴォリーたちにとって無理ではないものの倒すには骨が折れる相手だった。
「こんのクソ忙しい時にッ!
メイリー、嬢ちゃん、テキだッ!」
なぜ蟻ばかり集まってくるのか、と疑問に思いかけたところで、自分の足元のジャムの袋に目が行った。思わず苦笑を浮かべかけてそれどころではないと思い直す。
「……アレ、食えたッけかな……。」
切ない主夫の心の叫びは、すぐに戦闘の喧騒にかき消されることになる。
~八日目──今だ見ぬ味~
- 2007/07/10(火) 12:52:25|
- 偽島
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