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紅の調律者

偽島用。

前振り:十四日目

「長殿!」

「ぬべらッ?」

 シャルロット戦も近いというのにのうのうと昼寝を決め込んでいたアイヴォリーの天幕に、突然現れる仮面。どこにでも唐突に現れる、部族の仮面を着けた謎の男は、アイヴォリーが昼寝を始めるのを見計らっていたかのようにして彼を大音声で起こした。

「……ん、あァ、アンタかよ……。」

 アイヴォリーははっきり口にすることこそ無いが、内心この男が苦手らしい。もっとも、アイヴォリーの場合口に出さなくても態度で一目瞭然なのだが。

「細事は略!……以前……炎上する短剣を使っていたと聞いたのである。」

「イキナリ略かよ……あァ、まァそんなモンもあったっけかねェ。」

 妙なところにツッコミを入れながらも、狭い天幕の中でさらに一歩迫ってくる仮面に後退りながらアイヴォリーが答える。だが、その意図した口調に気付いたアイヴォリーは、急に真顔に戻ると敢えてそこに突っ込んで聞く。

「……聞いた、ふむ……ダレから聞いたんだ?」

「それは秘密である。」

 自分で振っといてヒミツかよ、と心の中でアイヴォリーが叫んでいるのだが、お互いそれには触れずに話を進める。彼がルミィと関わりのある人間──もっとも、中身が本当に人間かどうかはアイヴォリーからすれば疑問が残らなくも無いのだが──なのは知っている。どういった能力ゆえにか、この仮面の男は別の世界へと飛んだルミィの状況を聞かせたのだ。それが本当のことなのか、はたまた全くの口から出任せなのかはアイヴォリーに判断する材料が無いが、それでも彼が聞かせたルミィの様子は、彼女ならば間違いなくそうしているだろう、と頷ける類のものだった。それだけルミィを知る以上、彼女の縁者であるという点に付いては恐らく間違いない。

「炎上短剣ねェ……まァ今も使ってるケドな。今のはマダイマイチ良くねェかな。」

 短剣で相手に炎上を与える、蠍の名を持つ技にちなんで名付けられた、左のダガーをアイヴォリーが抜いてみせる。その短剣は、アイヴォリーが持つ右のダガーに比べて明らかにアンバランスな造りだった。柄は必要以上に長く、刀身は見た目以上に重い。投げるためにはもちろんのこと、普通に振るうにしても武器の重量バランスというものは重要なのだが、この武器には明らかにそれが欠けていた。刀身には薄らと、飾りなのか幾何学模様のように複雑な文様が刻まれている。

「まァコイツ貸しといてヤるよ。今日の試合の時に返してくれリャイイぜ。」

 一切説明してやる気は無いのか、アイヴォリーが抜き身のままで短剣をシャンカに投げて寄越した。あまりのバランスの悪さに、回転させて放り投げたその回転も不規則な円を描く。だが、仮面の真正面でシャンカはそれを器用に両手で挟むようにして受け止めた。アイヴォリーが苦笑を浮かべながら口笛を鳴らす。

「……ふむ、この重心と溝が肝要……確かに借り受けたのである。」

 刃を入り口から差し込む光に翳し、シャンカは一目でそのダガーの機構を見抜いたらしい。不必要なまでに天幕の垂れ布を大げさに捲り走り去っていくシャンカ。もう一度口笛を鳴らすと、アイヴォリーは苦笑を浮かべたままで組んだ腕に頭を乗せた。
 同じように短剣を得物とする数少ない仲間。剣や斧のように一撃の威力ではなく手数で攻撃力を補う短剣は、その一撃の軽さから毒や炎上といった相手の状態に効果を与える付加を用いることが多い。今の様子ならば、その不可解な重量のバランスの意味も、刀身に刻まれた無意味そうに見える文様の意味も、彼は理解したことだろう。その空洞になっている柄の中に何を仕込み、そしてそこから実際に炎を纏わせるためにはどんな素材で刀身を作れば良いのかも分かるはずだ。そうして、相手を燃やす効果を得られれば彼の威力はさらに増すはずだ。

「オレもユダンデキねェよな?」

 その言葉とは裏腹に、アイヴォリーは口元に笑みを浮かべたままで再び眠りへと落ちていった。

    +    +    +    

 探索で遭遇する戦闘以前、つまりは出発の直前。一日に一度、アイヴォリーたちは相手を定めずに刃を交えることにしている。新しい技を見極め、自分の実力を推し量り、仲間との連携を確認する。そのための練習試合といったところだ。今日のアイヴォリーたちの相手はシャンカたちだった。

「長殿、まずはこれを返却するものである。」

 先ほどアイヴォリーがしたのと同じようにして、シャンカがアイヴォリーのダガーを投げて寄越した。不規則な縦回転とともに迫る自らの刃を、今度はアイヴォリーが二本の指で刃を挟んで眼前で受け止める。

「確かに、な。
 さて、良く似た構成に正反対の戦闘スタンス、楽しみにしてるぜ?」

 どちらも前衛が二人、その内一人が体格に優れ、もう一人は速度で非力を補う。後衛に置かれる魔法使い一人を二人が守る立ち位置だ。だが、アイヴォリーたちが魔術の純然たる火力を十二分に発揮させて前衛が倒れる前に相手を圧倒する戦術なのに対して、シャンカたち三人は後衛の魔力を主に回復に割き、治癒を前衛に付加することで耐え凌ぐというまさに間逆の戦術を採っていた。

「長はともかく…やえ殿の”力”は侮れぬ。相手にとって不足無しである!!」

 口上と同時にシャンカが先陣を切って走り込んでくる。アイヴォリーは自分そっちのけのその内容に思わずツッコミを入れようかと考えたが、すぐにそんな状況でないと思い直した。

「─霞め。」

 アイヴォリーがエルフ語でそう小さく呟くと、彼の纏う外套が僅かに霞み、残像を残す。普段は完全に光を屈折させて後ろの情景を映し出すことで姿を消し去るエルフの姿隠しの外套は、そこに蓄積された魔力を徐々に消費させることで逆に残像を描く。こうやって使う分には、背後の情景を投影するために急激な動きを一切出来ず、効果が失われるということもない。隠密行動には適さないが、こうやって相対して刃を交えるときにはこちらの方が有効なのだ。
 魔法使いを後衛に配し、前衛でそれを守るのは魔法使いが一般的に打たれ弱いからだ。メイリーもその例に漏れず、体格では非常に劣る。彼女の場合は元々がフェアリーということもあって魔力の恩恵を人間よりも受けられる分、いくら鍛えても華奢であることは否めない。そこを狙われるのはある程度覚悟していた。

「さぁ…メイ殿。覚悟を決められよ。」

 走り込んで来るシャンカの衣装が靡いてその奥、普段は隠されて見えないところから煌きが走る。アイヴォリーが舌打ちしてケープの中に隠した投げナイフを手に取り、横からぶつけるために抜き放つ。だがそれを許してくれるほど彼らも甘くはない。

「先手必勝とは素晴らしい言葉です。なので、有言実行させて頂きますね。」

 一直線に突撃するシャンカの背後を庇うように、遅れて前に歩み出てきためぅかの詠唱が魔力を集め、その魔法の矢が自分に向けられていることを悟ったアイヴォリーが後ろへと飛んだ。残像を切り裂くようにして地面に刺さる魔力がアイヴォリーにシャンカの妨害をさせてくれない。メイリーの魔法の矢は、自分に向けられたシャンカのダガーで狙いが揺らいだらしい。シャンカを掠めただけで、彼の遥か後ろで土煙を上げていた。

「投擲の妙技…乱れ撃ちである。」

「ッ、幻惑の牙ッ!」

 さらに全員に向けて放たれるダガーに頬を浅く切られながら、アイヴォリーはシャンカとの間合いを詰めて切り込んだ。ダガーの軌道を複雑に手元で操りながら相手を惑わせ、一瞬の隙に捩じ込む。そのローブに身体の動きが隠されているせいで、次の彼の行動は読みにくい。このままこの相手を放置していればその内にメイリーの体力が削られてもたないだろう。彼らの後ろからみぅの詠唱した魔法の矢がメイリーを狙い撃ったことからしても、彼らの狙いは明らかだった。

「嬢ちゃん、ソッチを頼むッ!」

 やえにめぅかの相手を任せ、自分は突出したシャンカにしっかりと張り付く。少しでもメイリーと彼との間が開けば自分が割り込むのだ。そうでなければ彼はアイヴォリーの攻撃を横から一方的に受けるしかない。

「囚われた風の、嘆き声が聞こえなかった?」

 眼前に迫るシャンカを前にして、それでもメイリーが詠唱を完了させた。巻き起こった風がシャンカを取り巻いて、その足に絡みつく。下半身を切り裂きながら相手の動きを封じるこの呪術系の魔法は、確実に狙った相手に攻撃することが出来る魔術。シャンカたちと同じように、アイヴォリーたちもこの試合での狙いを一つ、定めていた。

「汝と我を結ぶ……ひとつの道を見るが良い。」

「その選択、後悔するぜッ!」

 シャンカは、突出した自らを省みることなく、自らの横を取るアイヴォリーを顧みることもなく、メイリーへの攻撃を続けるためにもう一度刃を放った。そこにアイヴォリーとメイリーの攻撃が返される。アイヴォリーたちの作戦がめぅかたちのそれと異なるのは、攻撃を集中するその対象が、後衛のみぅではなく、彼らで言えばアイヴォリーに当たる前衛、つまりシャンカであることだった。

「今だ、嬢ちゃん!」

 アイヴォリーの合図で、めぅかの進路を塞いでいたやえが、自らの相手を気にすることもなく振り返ってシャンカに狙いを定めた。今まで相手をしていためぅかの風の一撃を受けながら叩き付けた槌が、二人の攻撃で揺らいだシャンカを捕らえる。

「流石である……此度の納戸娘の槌の子さばき……伝説となろう。」

「……えーと、オレの作戦とかそういうのは……?」

 今度こそアイヴォリーが不満気に、そう呟いた。

~十四日目─切磋琢磨~

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  1. 2007/08/08(水) 02:21:20|
  2. 偽島
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今日のAIVO:14日目

もろぞふ来たー!
勘弁して下さいって感じだが、まぁ向こうにしてみれば最良のタイミングか。
負けるな貴腐人戦隊ドクレンジャー!<誰

他人事かよ、という突っ込みはさて置き、
闘技5勝。4勝とボーナスが変わりませんでした。最終戦の頑張りの意義は……。
というかメイリーの火力は装備が貧弱な物理には酷です。あんなの食らいたくねえ。ボロウが300+ってどういうことよ。魔力初期値+強い装飾持ちには思うほどダメージが回らなかったので、多分装備の影響が能力値よりも大きいんでしょう。魔力高くて装飾しょぼかった人にはもっと出てたしな。対策はない。<投げっ放し

ちなみに前回の日記は某氏に思い出さされた関係で昔の話でした。ショタアイヴォリー。意味不明。
はっつけて楽してやろうと思ったらリテイクで普通に書くより大変になった罠。

次回シャルロット戦です。
アイヴォリーは珍しく予定以上に装備の配備が進んだので完璧にも程があります。お陰で他二人は装備そっちのけです。明日はどっちだ。
まぁホーリーサンシャイン当たれば余裕だよね、当たれば。プレッシャーを見えない位置からこうやって念力送信。
  1. 2007/08/08(水) 02:18:01|
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今日のAIVO:13.5日目

相手を舐めすぎでした。基本的思考はやっぱり「相手は常に100%発揮として考える、それ以下なら保険だったと思え。」だよな。

要するに全責任は僕にあります。ええ。
  1. 2007/08/02(木) 00:15:23|
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前振り:十三日目

 静かな月明かりに見下ろされた、路地裏。光に切り取られたその世界では、それでもその素性を隠し切れないかのように、姿なき音声が届いている。何のことはない、こういった大都市の貧民街では、夜通し誰かしらが飲んで騒いでいるのだ。もう夜半よりも朝の方が近いということもあって、その声もどこか投げやりな力ないもので、はるか昔に封じられた異国の魔神の繰言のようでもあった。
 遠くからの喧騒が届いている以外に、時間の流れを感じさせるものは何一つなかった。動きも音も、何一つ。貧民街には付き物の丸々と太った鼠や、それを捕らえようとする痩せ衰えた老猫ですら、明日の糧のために自らのねぐらで英気を養っているのだろう。

 だが、そんな静かなはずの情景に、間の抜けた腹の虫が鳴いた。

 入り組んだ貧民街の路地裏は、いくつもの小さな広場が存在する。路地や建物同士の間の道とさえ呼べないような隙間同士を繋ぐ、ほんの小さな広場。それは元々は古い家屋が建っていたものの倒壊して空き地となってしまったものから、忘れ去られたような井戸がある本当の広場まで様々だ。恐らくは枯れてしまったのだろう、井戸だったらしい広場の中央には今は薄い板材が渡されている。だが、そんな住人たちの応急処置も空しく、何枚かの板材の内中央のそれは見事に踏み抜かれていた。どうやら間の抜けた音はその中から響いて来たらしい。

「お腹空いた……」

 夜に遅れた下弦の月が光を投げ入れる空井戸の中、小さく呟いたのは痩せて薄汚い襤褸を身に付けた、年端も行かない少年だった。この界隈によくいるような、何の特徴も無い少年。夜のような黒髪も、同じ色をしたその瞳も、割れた張り板の間から光を差し込んでいる月の前では微かに輝いている。落ちたときに傷つけてしまった額から鼻、顎へと伝っていた血はもう乾いて、今はただ黒い筋を少年の顔に描いているだけだった。

「困ったな、どうしよう……」

 もう何度目だろう、自分でも分からないほど呟いたその言葉を、不安げな瞳で呟く少年。いつものように居酒屋の裏口から忍び込み、厨房から燻製肉の塊を仲間たちと一緒に失敬した。全員が散らばって逃げ、居酒屋の主人の今晩の標的がたまたま彼だったのだ。だが“地の利”に勝る少年は追っ手である人食い鬼のような顔をした主人から逃げおおせる自信があった。身のこなしには自信がある。実際彼は、同じような年頃の仲間たちの誰よりも足が速く、身が軽かった。追っ手を撒いた後でどこかの暗がりに腰を落ち着けて、少々豪勢な夕食にしようと考えていたのだ。だが、その結果はこの枯れた井戸の底、助けを呼ぶ訳にもいかず、“戦利品”すら途中で落として、一人空を見上げている。丸く区切られたはるか遠い窓から。
 少年は頭上を見上げたままで心細そうに小さく溜め息をつく。

    +    +    +    +    +    

「オイ、ボウズ。そんなトコでナニやってんだ?」

 唐突にかけられた声に起こされて思わず辺りを見回す。だが、周りには壁しかない。自分の境遇を思い出した少年は慌てて井戸の縁を仰いだ。疲労と空腹でいつの間にか寝入ってしまっていたらしい。覗いていた月はもうとうになく、見上げた丸い空からは代わりに朝日と、逆光で光を纏って見える男の顔が覗いていた。

「……あ、遊んでるように見えるのかよ。」

 そのからかうような物言いに思わず少年が不貞腐れて答える。それは生まれてからずっとこの貧しい地域で生きてきた少年の、僅かばかりの生きるための知恵だった。僅かな仲間を除く、大多数の怪しげな人間に対して困っている様子など見せれば最後、どんな目に遭わされるか分かったものではなかったのだから。
 だが、その様子を井戸の縁から覗き込んでいた男は、くくっと猫のように喉を鳴らすと口の端で笑みを浮かべて鼻を鳴らす。大仰に天を仰いでから男は少年の内心を読み取ってしまった。

「まぁそうだな、困ってるように見えなくもないな?」

 それだけを呟いて、男は井戸の縁から姿を消した。少年が慌てて大声を出そうとする。いくら身が軽くてもこの高さでは登れない。手がかりひとつないこの忘れ去られた井戸の底で、今この男に見捨てられてしまえば次に誰かが気付くのは三日先か、一年先か、そんな恐怖に襲われたのだ。
 だが、少年の機先を制して、大きな音を立てて僅かに残っていた張り板が剥がされた。小さな木屑が降り注ぎ、少年は急いで顔を伏せた。そして木屑に続いて降って来たのは、先ほどの男の声。

「ボウズ、少し下がれ。」

 そして最後に、声とほとんど間髪入れずに降って来たのは、男自身だった。せっかく助けが来たと思ったのに、その助けは自分がうっかりはまってしまった“落とし穴”に自ら飛び降りてきた。落胆で少年が思わず声を荒げる。

「うわっ、お、おじさん何考えてんだよ!」

「誰がオジサンだっつーの……。」

 的外れな部分に対して文句を付けながら男が立ち上がる。身の軽さに自信のある少年がしたたかに腰をぶつけた高さから飛び降りてきた彼は、膝だけでその衝撃を殺してまるでちょっとした段差を飛び降りただけのような様子で平然としていた。かき上げる髪は砂色。軽装の革鎧に身を包み、腰には小剣を差していた。しなやかでまるで素手のように遊びの無い皮の手袋と履き込まれた革の長靴。灰色がかった青い目が悪戯っぽく少年を見下ろしていた。

「ふん、デカイ怪我はしてないみたいだな。あの高さから落ちてこんだけの怪我で済むとは、運が良いのか身が軽いのか……。
 でもボウズ、お前じゃこれは登れないだろ。」

 額から流れた血の跡に気付き、男は少年の髪をかき上げて傷を検分する。男の口振りからすれば、少年の傷は大したこともないようだった。悪戯っぽい笑みのままで少年に問いかけると、男は少年の絶望そのものとなっていた丸い空を同じようにして仰ぐ。

「まぁ困ってるみたいだしな。今回だけは助けてやるよ。
 ……たまには人助けも悪くないから、な?」

 もう一度猫のようにしてくくっと笑うと、その男は否応無しに少年を片腕に抱え上げた。少年にはもちろんのこと、革のそれとはいえ装備一式を身に付けた大人が登れるような高さではない。だが少年が彼の視線に気付いて、彼の首に手をしっかりと回して抱きついたままで彼の顔を見上げたときには、もう彼の目には空の青が映り込んでいた。

「さて少年……しっかり捕まってろよッ!」

 言うが早いか、答える暇も与えずに、男は無造作に跳躍した。片腕で少年を抱えたままで、小さく身を屈めてほとんど真上に跳んだのだ。井戸の内壁のほんの僅かな凹凸を足がかりに、跳躍の勢いを殺さず壁を斜めに蹴りながら、垂直の壁を駆けるようにして四度。あっという間に男は井戸の縁に片手でぶら下がっていた。少年を促して押し上げてやり、自らも無造作に身体を引き上げる。少年が絶望の暗闇から日の光に晒されて眩しそうに空を仰ぐのを見やりながら、男はその悪戯めいた口調で呼びかけた。

「やれやれ、仕方ないな。もう不注意なままで走るんじゃないぞ?」

 男は昨晩、居酒屋で飲んでいたときにそこの主人から聞いたのだ。貧民街の悪餓鬼がまた燻製肉を盗んでいったと。追いかけたが急に姿が見えなくなって撒かれてしまったと。仲間たちが主人の鈍重さを笑いながらさらに飲むのを聞きながら、そのときは自分でもそう思っていたのだ。だが翌朝、久し振りに訪れた故郷のこの都市を再び旅立つ彼は、ちょっとした感傷から自分が生まれ育った貧民街へと足を踏み入れた。そうして、たまたま通りがかった広場で、見事に踏み抜かれた空井戸の蓋を発見したのだった。
 男の冗談めかした注意に、少年の腹の虫が少年よりも早く答えた。男は苦笑を浮かべると、自分の少年時代を思い出しながら彼を仲間の待つ食堂へと案内したのだった。

    +    +    +    

 アイヴォリーは、かつての大切な記憶を思い出しながら微笑んだ。それは、初めての大切な思い出だった。もう彼の顔すら覚えてはいない。逆光の中で上から覗き込んだときの、苦笑を浮かべて歪んだ口の端が思い出せるだけだ。
 新しく出来た知り合いから、自らの通り名のことを言われて、彼の思い出を話したからだろうか。彼のことを思い出すのも久し振りだった。
 懐かしく、大切な思い出。おずおずと、だが賞賛の眼差しとともに名前を尋ねた少年に、男は相変わらずの悪戯めいた笑みで答えた。

「俺か。俺は唯のシーフさ。大層なもんじゃない。」

 唯の盗賊は名前なんて持っちゃいない。だが呼びにくければ“流れる風”とでも呼んでくれ。男はそう少年に告げた。彼の仲間たちも、極自然にそう呼んでいた。少年を絶望の穴から救い出した男は、結局本当の名前すら名乗らずに仲間たちと旅立っていった。今のアイヴォリーならば、同じようにして訳もなくあの井戸を駆け上がることが出来るだろう。その倍の距離でも登る自信があった。だが、それでも、“流れる風”はアイヴォリーにとって追いつけない“風”だった。
 オリフラム。同じように、風を名乗る人間に助けられたという女。まるで猫のように二色の瞳を持つ者。彼から“流れる風”の思い出を聞きだした彼女を初めて見たのは、“ここ”を前回去る直前だった。
 “島”で出会った少女は生きるために歩き出した。その知り合いなのか、二色の瞳はようやく歩き出そうとしている彼女に立ちはだかっていた。
 持ち上げた手から何かが踊る。月光に微かに煌いたそれを、アイヴォリーは自らも良く似たものを武器とするが故に見極めた。
 極々細い、糸のようなもの。アイヴォリーがトラップに使うよりもずっと細い何かの糸。
 だが、歩き始めた彼女は操り人形の糸を断ち切った。その一部始終を物陰から見たアイヴォリーは、去る少女を見送り、そして“島”を訪れた彼女に声をかけたのだ。

「そう、か。」

 あの路地裏と月光。その風景も、“流れる風”を呼び起こす一因だったのかも知れない。あのときと同じように、時の止まったように月光の降り注ぐ路地裏。
 “風”の名を持つ者に憧れを持っていると語った彼女。自分も同じだ。ずっと奥底の、たった一つ信じられる思い出。
 だが、自分もそうだ。“風”の名を背負い、こうして生きている。
 強く、優しいあの風にはまだまだ追いつけていない。だが、アイヴォリーはその誓いを、もう一度自分で噛み締めるように心に刻み込んだ。

~十三日目─“風”の名~
  1. 2007/08/01(水) 17:06:23|
  2. 偽島
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今日のAIVO:13日目

シャルロット戦前夜です。無論遭遇が次回ですが、装備は今調達しないと間に合わない訳です。
それを若干分かってない人がいます。お願いします<何を?

愚痴は見てても暑いだけなので。

・生産大好きっ子
前期アイヴォリーは、ワイヤースライスの習得が、生産行動経験の関係で料理Lv13という奇特な習得をしていました。
今回もかよ!w

・要らない子
ニグリクトリア 60 隠密:8 合成:12 - - - 敵単体 / 0.7 ×3
微塵切り 55 短剣:6 料理:12 短剣 - - 敵単体 / 0.9 × 3
ジャック・ザ・リッパー 70 短剣:10 軽業:14 短剣 - - 敵単体 / ( 0.8 + 自HP回復(10%) ) ×6

せんせー、一人要らない子がいまーす。
係数低い、回数同じ、SP重い、熟練度入らない。……なんだこの技?w
  1. 2007/08/01(水) 17:03:50|
  2. 今日のAIVO
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プロフィール

R,E.D.

Author:R,E.D.
crossing daggers,
edge of the wind that coloured BLANC,
"Clear Wind" assassin of assassins,
blooded eyes, ashed hair,

"Betrayer"

his stab likes a ivory colored wind.
He is "Ivory=Wind".

二振りの短剣
“純白”と呼ばれし鎌鼬
“涼風”として恐れられた暗殺者
血の色の瞳、白き髪

“裏切り者”

その一撃、一陣の象牙色の風の如く
即ち、“実験体”。

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