僕は扉をゆっくりと開くと、その向こうに広がる景色を見下ろした。そこには、“あのとき”の地下二階で、“障害”として定められていた、アルミル、カラミラとサレミレと名付けられた三体の石像がいた。そしてその中心で、あたかもその三体に向かって語りかけているようにして呟いている一人の少年。僕の今回の目標。──オスカー──。
どうやら彼は、まだ僕に気付いていないらしい。それは当然だろう。何故なら“そのとき”、僕はその場に“いなかった”。僕が訪れるはずではなかったのだから。
「さぁ行こう、この世界を壊しに!」
オスカーの声とともに、単に島の“障害”でしかなかった三体が瘴気を帯びて闇色に輝き始める。その“いろ”の発端は他でもない、中心の少年だった。沸き起こる瘴気に晒されて動き出した三体は、最早その本来与えられた役割から逸脱し、彼の尖兵となったことが明らかだった。
ここは“彼”の世界。彼の物語の中。“物語記録者”たる彼に与えられた力で持って、本来の“島”の予定から少しだけ改変された世界の中。“オスカー”が、自らに与えられた役割を逸脱した“世界の中”。
彼は、もうすぐそこを訪れるアスカロン──彼女の勢力に敵対するものを殲滅する役割を帯びた武器──と戦うために、彼自身で記録すべき物語を改変してしまったのだ。それは彼からすれば、喪われたものを取り戻すために自らの力を行使したという、正当な行為でしかなかっただろう。だがそれは、彼には“許されていない”範疇の行いだった。
僕が中空から彼を監視する中、砂地の向こうから現れたのは、彼が待ち受ける者たちだった。アスカロン、ジョルジュ、譲葉、“教授”。この偽りの島で、最後の期限に立ち向かうようにしてそこを訪れた、“三人”。彼らに向かい、オスカーの命に従うようにして三体の“障害”は彼らに向き直った。
「……オスカー。君が使役しているその“障害”を、今すぐ解放したまえ。」
「お前は……R,E.D.!
なぜ僕の邪魔をするんだ!」
僕が声をかけ、少女の姿で顕現していたアスカロンと、そして声をかけられたオスカーが僕に向き直った。三体が動きを止め、僕に気付いた両者の中央に浮かぶ僕に向き直ろうとする。その内一体──カラミラと呼ばれていた石像──が機先を制して僕に飛び掛ってきた。オスカーの意思に最も感応したのだろう。一番動きが早かった。
「仕方ないな……
それは元の役割を思い出し、自らに与えられた権限を超越しないように動きを止めた。」
僕の目前で、その派手な色に染められた、意思を持つ無機物の身体が動きを止める。それと僕との間には、僕が綴った緋色の血文字が浮かび上がっていた。
「無駄だよ、オスカー。君は自らの力を、自らのために使おうとした。それは“僕たち”には許されないことだ。つまり、初めから叶わないことが決められている。」
オスカーの表情が憎悪に歪んだ。ゆらゆらと、熾き火のように揺らめく眼光が僕を射る。だが、心を惑わせる邪眼をちょっとした手品で操る僕には、意味のない凝視でしかない。
「まだだ!
残った二人で奴らを倒せばいいだけのことだ!」
「だけどオスカー、その“障害”の内二つだけでは、彼らに敵わないことも、知っているだろう?」
歯軋りの音まで聞こえてきそうな彼の怒りの面差し。だが、僕がそれに怯むようでは、僕は僕の役割を果たせない。
「諦めるんだオスカー。君は自らの“役割”を逸脱している。このままでは君に待っているのは……破滅だ。」
僕は静かに、彼を諭すようにオスカーの名前を呼び続ける。かつて、“アスカロン”を通して、僕の部屋でそうしたように。だが、それでは足りなかったのだ。そして彼に訪れたのは、永遠の闇だった。
僕は、僕の役割としてではなく、彼に滅んでもらう訳には行かない。なぜならば、僕たちは同じ“役割”を与えられたものなのだから。彼はかつての僕であり、僕はもう一つの彼なのだから。
「オスカー。まだ君は知らないだろうが、僕は君に呼びかけた。君はそれをはねつけた。
……そして君は滅んだ。
だから今こうして、繰り返さないために僕は此処へとやってきたんだ。
君は僕と同じように無限ではない。だから、警告する。
今すぐ本来の役割に戻りたまえ。でなければ……君は僕を敵に回すことになる。覚えておきたまえ。その使い方を理解するまでは、改変するというのはとても危険なことなのだと。」
僕はいつか言った言葉を繰り返していた。それに気付き、僕は密かに舌打ちする。これでは、役に立たないというのに。僕は、僕を救わなければならないのに。かつて失敗した過ちを繰り返してはいけないのに。
「ふざけるな!
お前にどうこう言われる筋合いはない!」
オスカーはそう吐き捨てるようにして言うと、僕が支配したカラミラの支配権を取り戻すべく意識を集中させた。僕たちがそうして話し合っている間に、サレミレとアルミルも彼の支配から解放され、与えられた本来の役割に従ってジョルジュたちと戦闘を開始していた。
「ならば仕方がないね……切り離す。少しの間、頭を冷やして来たまえ。さもなくば……。」
僕の右手が新たな文字を綴り始め、それに合わせてオスカーの足元に暗黒の闇が広がり始めた。眠りへと誘う扉、夢の国への強制送還。同時に僕の傍らには、虹色の球体が寄り集まったものが姿を見せ始めていた。ぼんやりと、だが少しずつ明確になってゆくその存在を目にして、オスカーがさらに燃え盛る視線を僕に投げつけた。
「決めたまえ、どちらが良いかを。それだけは、物語に介入した、物語の中へと取り込まれつつある君の行動を敢えて束縛はしない。」
僕に一瞥を向けてから、オスカーは足元に広がる暗闇の中へと姿を消した。同時に辺りに充満していた瘴気が和らいでいく。ジョルジュの傍らにあった少女が僕へ目をやった。
僕は少しだけ口の端を歪めて。
「やれやれ、仕方ないな……。」
誰にも届かないと知ってはいても、そう呟かざるを得なかったのだった。
+ + + ──In your dream──長い幻の中
「さて、君はどう思う。彼は……僕の警告を聞いてくれるかな?」
「ふん、そんな訳ないでしょう。それで止めるくらいなら、最初からしていないわ。」
挑戦的な瞳のままで、僕を睨みつけて彼女は言った。僕は肩を竦めると小さく笑う。何かを投げ捨てるように。
「だろうね。
……そこで提案だ。僕に、協力したまえ。僕へ攻撃するのではなく。僕が必要としたときに、その運命を切り裂く力を振るうだけで良い。僕は彼の書き換えたものを調律し、避けようのない致命傷から守ってあげよう。分かるね、自らの敵を見定めるのは大切なことだ。」 + + + 気付けば、僕は書斎のいつもの椅子にいた。戻ってきて少し眠っていたらしい。僕は眠りを必要としないが、眠れない訳ではない。この非常に“創造的な作業”は、肉体的に必要でなくても僕にとって不可欠のものだ。
ゆっくりと目の前のモニタを見やると、そこには荒れ果てた景色の中、立ち枯れた木の枝に刻まれた文字だけが映っている。
消える……存在が、定義が……まだ、俺は── 僕は、ゆっくりと一度目を閉じて、そして呟いた。
「
──消去──。」
閉じた瞳の裏側で、微かに閃光が走った。ほんの僅かに、だが確かに、僕の“魂”が削られた音を、僕は聞いた。
「もう、“役割”は終わっていたんだよ……彼女に負けた時点で。」
胸が痛む。自分の喪失など、あのときの痛みに比べれば感じることさえ出来ないほどに小さなものだと思っていたのに。
だがそれは、必要な痛みのはずだ。僕は成し遂げなければならない目的がある。“彼女”のために。僕のために。
+ + + 「オイオイ、ソレマジかよ?」
買い物から帰ってきたアイヴォリーが大声を上げた。目の前には腕組みをして首をかしげているメイリー。紅茶の件から、遺跡外の買出しを一手に引き受けてしまったために、その間に重要なことが決まってしまっていることも多い。
「うん、サバスさんは雑草がたくさんいるから?
後はその後も危ないからってみんなが……。」
これから踏み込む遺跡の第四ダイブ、どうも危険なので安全策を取ろうということらしい。だがその安全策を聞いてアイヴォリーが叫んでいることからすると、かなり偏った案らしかった。
「ソリャココじゃキビしいトコに踏み込むときはオヤクソクらしいケドねェ……。メイリーは大丈夫なのかよ?」
「うん……多分、多分ね……。」
目を伏せて指先を弄くるメイリー。予想通り、明確な返答は期待していなかったものの、アイヴォリーは頭を掻いて溜め息をついた。
「仕方ねェな。ソイツでホントに勝算があるのか、みんながソレで安全なのか、もう一回オレが聞いてきてヤるよ。このママじゃメイリーも不安だろうしな?」
「うん、アイ、お願いね?」
島の地上中心部の賑わいから抱えてきた荷物をどさりと投げ捨て、遺跡外で彼らが逗留している酒場へと向かう。もう一度大きな溜め息をつきながら空を見上げ、アイヴォリーは小さく口の中で呟いた。
「このママじゃ、オレが不安だッつーの……。」
アイヴォリーの心の叫びは、小さすぎて誰にも聞かれることもなく、秋の空へと吸い込まれていく。
プロフィール
Author:R,E.D.
crossing daggers,
edge of the wind that coloured BLANC,
"Clear Wind" assassin of assassins,
blooded eyes, ashed hair,
"Betrayer"
his stab likes a ivory colored wind.
He is "Ivory=Wind".
二振りの短剣
“純白”と呼ばれし鎌鼬
“涼風”として恐れられた暗殺者
血の色の瞳、白き髪
“裏切り者”
その一撃、一陣の象牙色の風の如く
即ち、“実験体”。
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