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紅の調律者

偽島用。

前振り:二十日目

 “白の眼”。彼はそう呼ばれていた。生まれたときから“白”と切り離せない境遇であった彼にとっては、ある意味適当な二つ名だったのかも知れない。そうして白いローブに身を包み、白亜の座に腰掛けて、彼は全てを見てきた。白い髪、血が透けるために桃色に見えるはずの瞳。無論、もう長く開かれたことのないその瞳の色を実際に見た者はいない。かつて遠い昔にそれを見たことのある者たちは、年月が過ぎるに従って数を減らし、今や誰一人として生きてはいない。彼自身もまた老齢へと至り、人の身として信じられぬほどの時間を経て、自らに訪れる暗闇が近いことを悟っていた。
 彼に知りえないことは無かった。世の中の真理の全ては、彼の手の内にあった。生まれてから一度も、何一つ映すことのない瞳によらずとも、彼には全てが“見えて”いた。
 “白の眼”。まだ彼が若かった頃に、彼の噂を聞きつけて呼びつけた小さな国の王に対し、“強い光が見える”と告げた彼に対し、失笑とともに国王の取り巻きたちが付けた渾名。白子として生まれ、全くの盲目であった彼の言葉に対して投げつけられた嘲笑。
 だが、彼には見えていたのだ。その王が、光に焼き尽くされて跡形も無くなるその姿が。そして実際に一月後、魔術の暴走によってその王は光に焼き尽くされ、消えた。

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 王の息子は非常に優秀だった。生まれてからずっと政治の暗部に晒されて、その中で生き残ってきた新しい王は、実際の年齢よりも老獪だった。“光”を告げた彼の言葉を呪いとしてではなく予言として捉え、一度は捕らえられた“白の眼”を片腕に据えた。父の築いた魔術の先進国としての恩恵を惜しみなく彼に与え、曖昧だったその能力を完全に覚醒させた。何も映すことのない瞳と、全てを知る力。指一つ動かすことの出来ない身体と、彼の許し無しには何者も立ち入れない力場。“白の眼”が生まれつき持っていた、その“見えない”二つの力を極限まで引き出すことが出来たのは新しい王が与えた教育の賜物だったに違いない。系統立てて力の使い方を効率良く認識した“白の眼”は、そうして究極の戦略兵器へと変貌した。一切攻撃能力を持たず、自らでは一歩もその場から動くことの出来ない、究極の兵器に。
 だがそういった自らの不利は、“白の眼”の力にとっては、些細なことでしかなかった。安全な城の中、もしくは野営の陣の中央であっても、彼は見えないはずのその目で見てきたかのようにして敵の軍の配置を見抜き、敵の将の作戦を看破した。侵略すべき国を指し示し、近隣の国の政変をそれが起こる前に予見した。どんな場所、どんな時においても彼は傷つけられることなく、力場の中では、刃、矢、魔術、毒、全ての結果が同じだった。
 彼が“千里眼”と呼ぶようになった、その目で見えないものはなく、知られないことも存在しなかった。彼が“障壁”と呼ぶ場の中では、彼が拒むものは何一つ働くことはなかった。魔術のためか、もしくはそう定められていたのか、人の寿命を遥かに超える歳を経て、“白の眼”の伝説は、そうして作られていった。

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 彼はどういった経緯でこの任務が受け入れられたのかは知らされていない。そういった類のことは常に実働部隊には知らされることはないのだ。だが、それにしても今回の仕事の成功率は低いと彼は判断していた。“白の眼”の伝説を知らない者はいない。たとえそれが小さな子供であってもだ。全てを予見するフォーチュンテラー。鉄壁の障壁を持つ無敵の魔導士。そんな怪物を相手にしては、たとえ彼らが殺人の匠であるといっても任務を成功できるとは考えられなかった。
 だが、実際にその任務は与えられた。“白の眼”の障壁は眠っているときには発動しないという。無論それを確かめた者などいないし、全てを予見し未来を知る者が自分が狙われることを知らない訳がない。彼には様々な方法での対魔術が施されていたが、“白の眼”に対してそういった類のものが効果を発揮したという話は皆無だった。
 今回の目標、“白の眼”の殺害。普段非常に厚い城の見張りは一切排除されている。つまり、決められた道順を通る限りにおいては一切障害に遭遇することはない。相手の寝室まで移動し指先すら動かせない相手を殺すだけだ。だが、その相手は全てを知り、全てを拒む最強の魔術師だった。
 戦争はほぼ終結している。“白の眼”の予見により今回もこの国は非常に有利な条件で停戦交渉を進め、事実上相手の国を併合するだろう。一度の戦争によるこの国の被害は、そのたった一人の能力によって非常識なほどに少なかったが、結局総合的な国の疲弊は変わっていない。単に戦争の回数が多くなっただけのことだ。
 その依頼の内容から、依頼者を察することは難しくない。なぜこの国の最強を支える所以を排除するのか、それは分からないが。
 だが、それも彼ら実働部隊には関係ない。彼らは上層部が適当と判断し受諾した依頼を実行するだけだ。その結果が与える影響や、自らの行為にまつわる様々な事象を考えることはない。そのように訓練されているからだ。彼らは精巧な機械であり、忠実な実行者だった。たとえ任務に失敗してその結果自分が死ぬのだとしても。それどころか、任務が達成されてその結果自分が死ぬのだとしても、彼らはそれに頓着しないように訓練されていた。
 扉を開き、中に静かに滑り込む。窓から差し込む午後の光が優しく部屋の中を縁取っていた。奥には白亜の豪奢な御輿。そこから全てを予見する魔術師の座。薬を盛られた魔術師は、全てが手筈通りならば眠っているはずだ。全ての打ち合わせは対魔術防音の施された密室で行われたという。それゆえに“白の眼”にさえ予見出来ないのだ、と。彼は静かに、身動き一つしない白い魔術師に歩み寄った。

「良く来たな。」

 唐突に口から零れた言葉。この時点で“涼風”は任務の失敗を確信した。同時にダガーを抜いて動かない喉元へと走らせる。彼らは最後まで任務の達成に向けて行動するように訓練されている。
 その切っ先が、喉に触れる前に止まった。これまでの例に漏れず、その“障壁”が拒絶したのだ。対魔術の守護も、そして“涼風”の筋肉の動きも。通常の魔術とは異なり、“涼風”には抵抗の余地すらなかった。ただそうであることが自然であるようにして、ダガーを突きつけた不安定な姿勢のままで、全ての動きを封じられた。

「ただ一つだけ、頼みがある。」

 目を閉じたままで、時の止まった世界の中、“白の眼”の声がそう告げた。そして言葉を継いだ。

「国王に伝えるようにお前の上司に伝えろ。
 全てはいつか滅ぶ。人も、国も。」

 それから、“白の眼”は穏やかな笑みを口元に浮かべた。幸せそうに、満足そうに。同時に自らの拘束が解けたことを“涼風”は知った。ダガーを振り抜き、白いローブに鮮血が散った。ダガーを収め、普段通りに速やかにその場を離れる。結局、最後まで“涼風”は障害らしい障害に遭遇することもなく帰還した。

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 すぐに“白の眼”を殺害した賊の捜索が始まった。だが、ギルドに手の及ぶことは無かった。そう話を締めくくるとアイヴォリーは一口茶を啜る。目の前の三人、シルヴェンとその護り手たちは三者三様の表情をしていた。シルヴェンはその話を引き出してしまった後悔に微かに顔を歪めている。二人の護り手たちは、その性格からか、片方は深刻そうに、もう片方はお気楽そうな表情でシルヴェンの顔を見つめている。
 “過ぎた力は不幸でしかない。”そう始まったこの話の最後は後味の悪いものだ。それがたとえ常人の健常さと引き換えに得られた代わりの力であっても。無論目の前のシルヴェンと伝説の“白の眼”では、その程度に大きな差があるだろうが、結局のところどちらも普通の人間からすれば異端であることには変わりない。結局アイヴォリーが依頼の背景も理由も聞かされることはなかったが、状況から大方の予想はついた。異端の大きすぎる力が、恐れられたのだ。

「さてさて、ソロソロお茶会はお開きだ。今日から床で忙しいしな?」

 そう言ったアイヴォリーの言葉には、口を差し挟む余地を与えない強さがあった。シルヴェンたちが立ち去ってから、アイヴォリーは小さく溜め息をつく。
 結局のところ、全ては茶番だったのだ。国王とその周囲の茶番に、アサシネイトギルドが乗り、伝説が終わった。
 だが、“白の眼”はどうだったのだろうか。彼もその茶番に乗っただけだったのかも知れないとアイヴォリーは思う。少なくとも、伝説の魔術師はその伝説の通り、鉄壁の障壁で一切の働きを許さなかった。ただ彼が“許容”したがゆえに、あの時彼は死んだに過ぎない。それは、あの場で彼を退けてもずっと続く繰り返しを“白の眼”が知ってしまったのかも知れないし、もしくは単に続けることに飽きただけだったのかも知れない。だがその真相を語らずに、“白の眼”は穏やかな笑みだけを“涼風”に刻み付け、死んだ。そしてそれは、今でもアイヴォリーの片隅に刻み付けられている。
 アイヴォリーには、彼が遺した言葉を伝えるつもりはなかった。報告の中にそこまでの義務はない。だが、それを書くときにふと気が変わり、結局上司には彼の言葉が報告された。恐らく、その言葉は件の国王に伝わったのだろう。
 なぜなら、“白の眼”の死体に“涼風”が背を向けたそのとき。

──必ず、その言葉は伝わるだろう。──

 “白の眼”の声が、はっきりと“涼風”の頭の中で響いたのだ。

~二十日目──昔語り~

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  1. 2007/10/15(月) 11:44:16|
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Author:R,E.D.
crossing daggers,
edge of the wind that coloured BLANC,
"Clear Wind" assassin of assassins,
blooded eyes, ashed hair,

"Betrayer"

his stab likes a ivory colored wind.
He is "Ivory=Wind".

二振りの短剣
“純白”と呼ばれし鎌鼬
“涼風”として恐れられた暗殺者
血の色の瞳、白き髪

“裏切り者”

その一撃、一陣の象牙色の風の如く
即ち、“実験体”。

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