「不意打ちで、宝玉持っても勝てねェんじゃ才能ねェんダロ。もう来るんじゃねェぞ、次は……殺すぜ?」
明らかに不機嫌な様子でアイヴォリーが舌打ちする。その口調こそ普段通りの軽いものだったが、いつも通りに浮かべられているはずのその口元の笑み、そして何よりもその目は、普段のそれからは想像も出来ないほどに、まるで冷え切った鉄のようないろを湛えていた。常日頃から人狩りに対して否定的な言葉しか口にしないアイヴォリーは、襲い掛かってきた三人を見下ろしながらそう宣言した。
相手が身動きできなくなったのを確認すると、それでもまだ張り詰めた空気を漂わせたままで相手に近寄る。傍らの荷物へと目をやったアイヴォリーは手馴れた手つきで彼らの持ち物を検分した。その様子からは躊躇の欠片も感じられず、まるで追い剥ぎが淡々と死体から使えるものを剥ぎ取るように、ただ無言で荷物を漁っていく。
既にやえとメイリーはその場にいない。彼女たち二人は、戦いで傷ついた身体を宝玉戦までに少しでも休めるようとしてアイヴォリーからは見えない木陰へと移動していった。もっとも、アイヴォリーにしてみればこの場合はその方が都合が良い。結局のところ、彼女たち二人はそんなことなど思いもよらないのだ。襲い掛かってきた相手から装備や金を奪い取るということは。今の状態をメイリーに見つかれば、彼女に全力で咎められ、漁って手に入れたものを返すように言われるに決まっている。アイヴォリーは小さく溜め息を漏らしながら、三人の荷物を検分する手を僅かに早めた。
アイヴォリーが自分で言ったようにして相手に止めを刺すことは、探索者同士の間では認められていない。それはこの島の“ルール”、つまりは理で、それに従わない者は島にいることが出来なくなってしまう。だが、同じようにその理は、倒した者から一定の条件の元で収奪する権利が与えられていた。島を探索するのに必要となる装備や、その元となる素材。通貨として機能する力の篭った石。
そのために、人狩りたちは探索者を襲う。そして、彼らに負ければ彼らの欲するものを奪われる。だが、それは同時に、逆の可能性も意味していた。つまり、襲われた側にも同じ権利が与えられているのだ。襲い掛かってきた者たちを撃退すれば、奪われるはずだったものを逆に彼らから収奪することがこの“島”では許されている。
ころり、と一人の荷物の中から青い輝きが転がりだした。彼らが手にした宝玉。アイヴォリーたちがこの後戦って手に入れなければならないもの。紛うことなき水の宝玉が、アイヴォリーの目の前で静かに青い輝きを放って煌いている。
「ヤレヤレ、こんなカタチでお目にかかるコトになるとはな。」
小さく独り言を呟いてから、アイヴォリーはそれを手に取った。そうして拾い上げただけでもその力は感じられる。溢れ出る精霊の力が、中に閉じ込められた“島”そのものの力が、アイヴォリーの手に伝わっていた。
暫し魅入られたようにして手のひらの中で輝く青い宝玉を見つめていたアイヴォリーだったが、ふ、と鼻で笑いをこぼしてそれを彼らの荷物の中へと戻した。ここで彼らから奪っても、本来の予定通りに守護者を倒してそれを手にしても、その価値に差はない。この人狩りたちも、宝玉を奪われればそれから少しの間は困ることだろう。だが、それも次に彼らが犠牲者を倒すまでの短い間だけのことだ。どちらにしてもこの後宝玉のために戦うことに変わりのない今のアイヴォリーたちには、求めてきたそれは今このときにおいては不要のものだったのだ。
三人の荷物の中から、小さな石をまとめて入れてある袋を探し出す。その中身を半分だけ、つまり決められた量に分けてその半分をケープの隠しポケットに入れるとアイヴォリーは立ち上がった。足で蹴り飛ばしてその使い手から離しておいた三人の武器を拾い上げ、近くの茂みへと隠す。すぐに見つけられるだろうが、それを探す時間で自分たちを追いかけられないようにするためだ。
かつての“島”では、負けた者に容赦はなかった。宝玉はその持ち主を倒した者を自動的に新しい所有者として認め、装備はすべて奪われ、貯めておいた食料も同じようにして奪われた。そんな苦い経験を幾度もアイヴォリーはしている。それは、あのときにおいては直接的に死へと近づく危険な敗北だった。だからこそアイヴォリーは人狩りを忌み嫌う。人の命を吸って自らの足しにする彼らを。
“あのとき”に比べれば、今の“ルール”は甘いものだ。冒険者であった頃であっても、倒した敵の中から使えるものを探し出して自分が生き延びるために使い、報酬の足しとして売り払うのは日常茶飯事だった。だからこそ、手馴れているのだ。第一、負ければ奪われるのにこちらは奪わないのではあまりにも条件が不平等過ぎる。
「ッ……。」
自分にどんな言い訳をしても、自らが為した結果は変わらない。
そんな言葉が脳裏を掠めてアイヴォリーは舌打ちした。そう、やっていることは人狩り連中となんら変わらない。ケープのポケットに入れた小さな石が重たかった。
後で、気付かれないようにしてメイリーの取り分を彼女の財布に入れておかなければ。そう、絶対に気付かれないようにして巧妙に。
少しの間俯いていたアイヴォリーは、ようやく顔を上げて二人が休む木陰へと向かい始めた。その頬にはもう、先ほどまで浮かんでいた暗い表情は欠片もない。ただ、いつもの人を煙に撒く笑みが浮かんでいるだけだった。
+ + + ようやく遺跡の外にある街に帰ってきたアイヴォリーは、メイリーと二人で買い物をしていた。その様子からは仲睦まじい恋人同士にしか見えない。無論アイヴォリーは否定するだろうが。
そして、それを遥か遠くから見下ろす視線。アイヴォリーたちの進行方向に、天幕からこの“島”へと送り込まれた中の三人がいることも彼は知っていた。
「さて、そろそろかな。調度良い頃合だ。少し出かけてくるよ。」
大きなパネルの映像でアイヴォリーたちの様子を見ていた赤い道化師が、彼以外に誰もいないいつもの書斎でそう語りかけた。それにどこからともなく答えるのは、聞きなれた少年の声。
「見てるだけの予定じゃなかったっけ?」
その問いかけに、白い風よりも酷薄な、あまりにも酷薄な良く似た笑みで口元を彩って、運命を調律する男が答える。まるで何か、楽しいことを待ち受ける子供のような調子で。
「僕だって、このひとときの逢瀬を楽しみたいんだよ。折角の機会なのだから。」
そういって立ち上がると、彼は使い慣れた鉄筆で宙に短い文章を綴り始めた。それを書き上げると、今度は転送のための術式を続いて綴っていく。
「+斜+そのとき、彼は先ほど見た売り物の魔除けが奇妙にも気になって、傍らの少女を伴い来た道を引き返し始めた。-斜-
さて……夢の国の王、全にして一、一にして全、我が呼びかけに応えその門を開け……」
その姿が掻き消えた後には、残滓を漂わせる緋色の文字だけが書斎に浮かんでいる。
+ + + そのとき、アイヴォリーは先ほど見た売り物の魔除けが奇妙にも気になって、傍らの少女を伴い来た道を引き返し始めた。大したことはない、どこにでもあるような、効果の程も怪しげなものだったのだが、なぜか気になっていても立ってもいられなくなったのだ。どうせ二人で散歩しているようなものなのだと自分に言い聞かせ、アイヴォリーはさっき出てきた路地へと再び入り込む。そして、その路地の向こう側に同じく二人連れの人影が見えた。見覚えのある顔にアイヴォリーの笑みが優しいものになる。
+ + + 彼ら四人を見下ろす、奇妙な二つの人影。一つは魔術師然とした緋色のローブに、手入れのされていない乱れた髪の背の低い男。そして、燕尾服に身を包み煙草を咥えた今ひとつの人影。彼らは四人を見下ろして何事かを囁きあっている。
「そろそろ良い頃合だね。君が舞台を整えてくれたから、今から始められる。」
「紡ぐ物として、最高の一時を産みだそうじゃないか……さぁ」
「そう、綴る者として」
「――物語を、ハジメヨウか」
「運命を綴る、終わりのない夢を。」
+ + + アイヴォリーの後ろにいたメイリーには、何が起きたのか分からなかった。嫌な予感がして、何か赤い大きな影がアイヴォリーに被さるようにして降りてきたように見えただけだった。だが、それはいつか、二人で冒険の合間に過ごしていた街で、自分を待たせたままどこかへと、アイヴォリーが消えてしまったあのときと、同じ感覚だった。
「……アイ……?」
恐る恐る、世界で一番大切な目の前の背中へと声をかける。だが、振り向いた彼の頬には、普段なら決して見せない類の笑みが浮かんでいた。普段彼が浮かべているのとそっくりな、だが決して同じではない片頬だけの、冷徹な嘲笑。その瞳の奥には、どこか不安を掻き立てる赤い輝き。
「アイを返してっ!」
咄嗟に叫んだメイリーに、目の前の男は冷たい笑みを頬に貼り付けたままで答える。その声はいつもの捻くれた、どこかで常に人を思いやる優しい声ではなく、人を見下すような、どこかに傲慢さを感じさせる冷たい声だった。
「良いとも。君が少しの間、この余興に付き合ってくれるのなら、ね。」
アイヴォリーの背中に降りてきた赤い影を、自分は知っているとメイリーはそう思った。アイヴォリーが姿を消したその後、非現実的な書斎で自分に、彼の居場所を教えた魔術師。彼が“クソッタレ”と呼ぶ彼の敵。思わず印を結び魔術を解き放とうとして、身体は大切な人のものであることに印を解く。逆巻きかけた風は再び微風としてどこかへ散っていった。
「大丈夫、何もかもそのままで返すよ。約束しよう。この、ひとときの逢瀬の後で。
──手伝ってくれるね?」
有無を言わせぬ問いだけを投げかけて、どこか虚ろな目をした白い風の身体は彼女に背を向けた。右のダガーだけを脚の鞘から抜き放ち、それで宙へと何かを描き始める。口から漏れるのは聞いたこともない詠唱。この男は、前にいる彼の知り合いである二人と、この身体で戦うつもりなのだ。そもそも選択肢は自分に与えられてはない。
「さぁ、このひとときの逢瀬に……。」
宙に描かれた緋文字が魔力を放ち、輝き始める。
~二十三日目──戦い、後に続く新しい道~
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- 2007/11/27(火) 05:21:34|
- 偽島
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