ようやく水の宝玉を手にしたアイヴォリーたちは、遺跡外での休養もそこそこに遺跡へと舞い戻っていた。食料の買い足し、明かり用の油や各々が必要な雑多なもの。付加や合成など、足りない生産の調達。他にも砥石や矢といった武器に必要になるもの。そういった様々なものが探索には必要になる。そんな買い出しを終えると、さほど時間は残らない。それでも、アイヴォリーとメイリーは残った時間で遺跡外の露店を冷やかしながら散歩した。その結果、とんでもない面倒に巻き込まれたのだが。
「アイ、昨日の怪我は大丈夫?」
「んあ~、まァな。結構ザックリイカレたケド、まァイツもに比べリャ大したモンでもねェさ。」
アイヴォリーが真新しい包帯が巻かれた腕をぐるぐると無意味に回してみせる。昨日メリルに斬られた傷の跡だ。その包帯の下は、昨日斬られたときこそかなり深手に見えたのだが、それでも見た目ほどには深いものでもなかった。突発的なものだったとはいえ、あくまでもそれは練習試合であって死力を尽くした果し合いではない。恐らくは手加減されたのだろう。
「ヤレヤレ……クソッタレ……。」
アイヴォリーが不機嫌そうに呟いた。腕に巻かれた包帯を無造作に巻き取ると、既にその下の傷は癒えている。それを見て、さらに不機嫌そうにアイヴォリーは舌打ちした。
「勝手なコトしヤガッて……オレならもっとカレイに避けたッつーの。」
どうやら、アイヴォリーの怒りの矛先は、その傷を付けた少女に対してではなく、突然やってきて勝手に身体を使った赤い道化師に向いているらしい。実際にアイヴォリーが彼女たちと立ち合って回避できたかどうかはともかくとして、自らの身体を勝手に使われるという不快感は拭い去れないものだったらしい。
気付いたら終わっていた、というのならばまた違ったのだろうが、アイヴォリーはそのとき、まだ自らの中に存在する意識を感じていた。その感覚は妙なものだった。自分の身体を使って他人が、自分の意志とは関係無しに戦う様子。大家が店子の商売を横目で傍観しているようなものだ。気に入らないのだが、契約期間の間は追い出すことも出来ない。だがその問題は、その契約期間がいつまでなのかも分からず、いつになればその店子を追い出せるのか大家に分からなかったところだった。
「さてさて、ウデも大丈夫みてェだし、マタ今日からガンバッて行きますかねェ……。」
「うん、頑張ろうね♪」
腕を擦ってから首を回し、アイヴォリーは自分に気合を入れた。あれだけの傷を負えば、いくら手加減されていたとしても翌日に傷が残らないなどということは有り得ないのだが、妖精騎士としての恩恵は今も現れているらしい。いい加減その驚異的な回復能力に慣れてしまったアイヴォリーには、それを別段不思議とも感じられなかった。実際にはそれは、
“傷は思いの他浅いものだった。”と記された結果だったのだが。
「よし、じゃあソロソロ移動すんぜ。嬢ちゃんを呼んできてくれ。」
メイリーに、もう一人の仲間である妖怪の少女を呼んでくるようにいうアイヴォリー。正直なところ、戦闘中や訓練の非情さからか、アイヴォリーよりもメイリーの方が彼女と分かり合えているらしい。もっともそれは、性別と年齢の違いというだけの話なのかも知れなかったが、アイヴォリーもわざわざそんな自虐的な質問をしてみる気にもならない。
「そういえば今日、やえちゃん見てないわね。アイと違って寝坊とかしないんだけどな?」
「ナンでソコでオレが出て来んだよ……。」
必要以上に“アイと違って”の部分を強調してそう言ったメイリーに、アイヴォリーが白い目を向ける。だが、普段他人の目があるところではさぼって寝てばかりいるアイヴォリーの言葉には、当然ながら説得力はない。
「じゃちょっと探してくるね。アイは荷物まとめといて?」
「おゥ、早めに戻って来いよ。」
気のない返事を返して、どこかに感じる違和感に首を捻りながらアイヴォリーは空を見上げる。気のせいだと良いのだが、と心の中で呟きながら。
+ + + 「アイっ、どうしよう……っ!」
「ふむ……まァ、仕方ねェダロ。」
メイリーからその報告を聞かされたアイヴォリーは、思いの他動揺していなかった。彼にしてみれば、嫌な予感が当たった、というだけの感想でしかなかったのだ。こういった彼の嫌な予感は、悪いものであるほど的中する。それは今回も例外でなく、それゆえにアイヴォリーは小さく鼻を鳴らしただけだった。
「仕方ないって……どうするのよ、もう出発しないとダメなのにっ!」
その報告をしたメイリーの方が慌てていた。そんな大切な相方の様子を冷静に見ながら、アイヴォリーは口の端を少しだけ歪めた。彼女に気付かれない程度に、冷ややかに。
「大丈夫だ。オレたち二人だけで行くぜ。」
「ってアイっ?
それって置いていくってことなのっ?!」
アイヴォリーの冷たい言葉に、彼の小さな相方は抗議の声を上げた。それも当然のことだ。今回のダイブは探索の今後を左右する重要なものだと聞かされている。その初日に、予定していた三人ではなく二人で探索を始めようなどと彼が言い出すとは。
そう、アイヴォリーの嫌な予感は的中した。つまり、やえは集合時間になっても現れず、どこを探しても見当たらなかった。移動先は告げてあるものの、共に移動しなければその日の戦闘を共に行うことが出来ない。それはここまで三人で組み立ててきた戦術が機能しないことを意味している。そしてそれ以前の問題として、この白い妖精にとっては、新しく出来た友人を置き去りにしていくということを意味していた。
「心配すんな、すぐに追いついて来んだろ。」
本人にその気があればな。続いて口に上りそうになった言葉は胸の内にしまいこんで口には出さない。今それを彼女に告げてこれ以上彼女を落胆させる必要もないのだ。
「もう移動しねェと、オレたちの方がハグレちまう。心配すんな、昔はこうして二人で冒険してたじゃねェか。
懐かしいしねェ、メイリーと二人旅ッつーのもオレは悪ィ気はしねェぜ?」
「えっ?
う、うん……それはそうだけど……。」
アイヴォリーが戦術的に口にした歯の浮くような言葉に、純粋な彼の相方は彼の予想通りに微かに頬を赤らめ、俯いてほんの少しだけ同意する。彼女に嘘を吐いているような罪悪感が胸を小さく、だが鋭く刺した。だが、アイヴォリーはそれを押し殺す。そもそも本当に戻ってこないと決まった訳ではない。
「さァ、オレたちも行こうぜ。今回は遅れるワケニャイカねェんだ。怒られるのはゴメンだぜ?」
メイリーを急かしてまとめた荷物を担ぎ上げる。そう、今回は今後の探索のためにも、予定を曲げる訳には行かない。
「……悪ィな、メイリー。」
視線を前に据えたままで、アイヴォリーは小さく呟いた。このままならば、自分もメイリーももう彼女と会うことはないだろう。予感はこんなときばかり当たるのだ。外れたことはない。
漏れるように口にされたその言葉は、アイヴォリーに押し殺されることはなかった。それがアイヴォリーの、彼に出来る最大限の、せめてもの彼女への気遣いだった。
+ + + 夜になって、アイヴォリーとメイリーの前には一人の仲間。かつて一度別れ、再び道を同じくにした仲間だった。
「じゃあ、まだ分からないけどこれからよろしくなんだよ?」
「うん、もし一緒に戦うことになったら楽しくやろうねっ!」
メイリーが彼女の特徴的な口調での挨拶ににこやかに答えた。それに応えるようにして、新しい仲間の特徴的な耳がぴこぴこと動いた。
細雪。その特徴的な耳から猫系の獣人に見えるが、実際にはそうではないらしい。見かけの華奢さに反してかなり体力に秀で、アイヴォリーでさえも嫌がるような弓を引く膂力の持ち主。今回の島の探索を共に始めた彼女は、一度は休養のためにアイヴォリーたちと別れ、遺跡外で身体を休めていた。だが今回のダイブにおいて、魔法陣で偶然出会った彼らはお互いのために再び同道することを決めたのだった。
結局、夜になってもやえは現れなかった。半ばそれを予想していたアイヴォリーは、毎日行われる仲間内での会議の際に全員にそれを伝え、当面メイリーと二人で仲間たちに追いついていくことを宣言した。
だが、予定されていた三人での戦闘ではなく、二人での戦闘になることは、当然ながら仲間たちの同意を得られなかったのだ。それもそうだろう、今まで前衛の重要な役割である後衛を守る仕事はやえがそのほとんどを受け持っていたのだから。身が軽く、相手の攻撃を回避と受け流しでやり過ごすアイヴォリーは、その補助や遊撃としての能力には秀でていても、一人で前衛を受け持つには不向きなのだから。
そこで提案されたのは、同道しながらも単独で探索を続けようとしていた細雪との共闘だった。無論お互いの安全のため、この提案は非常に魅力的なものだ。アイヴォリーは、その身軽さのために犠牲にしている一撃の重さを彼女の弓から得られる訳だし、細雪にしても単独で探索する際に発生する様々な突発的な厄介ごとから身を守ることが出来る。だが、その魅力的な提案に反対こそしなかったものの、なぜかアイヴォリーは仏頂面だった。
「ナンでマタよりにもよってネコミミナンだよ……。」
「アイヴォリーさんもよろしくなんだよ!」
あの耳でいながらにして、自分の呟きが聞こえなかったはずはないんだが、そう思いながらも、笑顔を向けてきた細雪の言葉にアイヴォリーも笑顔で応える。絶対に聞こえていたはずだ。アイヴォリーの呟きに耳がぴくっと動いたのを、彼は見逃していなかった。
別に、アイヴォリーは細雪が気に入らない訳ではない。その裏表のない真っ直ぐな性格はもちろんのこと、体力に優れた戦闘能力もアイヴォリーは認めていた。当然すぐにメイリーとも仲良くなれるだろう。
だが、そういったアイヴォリーの彼女に対する評価とは全く関係なく、問題は別のところにあるのだった。
「マタあらぬウワサが立つじゃねェか……。」
シャルロット戦と、それに前後したメイリーのちょっとした遊び心。それ以来アイヴォリーに降りかかった疑惑はまだ忘れられていない。特に、彼の仲間たちの中でその疑惑を広めた者たちには。
それでも、最初にメイリーに挨拶したときよりもその耳が少しだけ悲しそうに垂れているのを見て、悪いことをしたかなと少しだけヘコんだアイヴォリーだった。
~二十四日目─“予定外”~
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- 2007/11/27(火) 05:24:43|
- 偽島
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