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紅の調律者

偽島用。

前振り:二十五日目

 アイヴォリーがようやく手にした、一つ目の宝玉。この“島”の力そのもので、その属性の精霊力がその中に封じ込められている。この“島”が何千人もの人間たちを抱える許容量のある巨大なものだけに、その力は欠片といっても大きなものだった。
 その途轍もない、宝玉の秘めた力を、かつて独力で解析しようとした者がいる。彼は今のこの場所と同じであって同じではない“島”、かつての“島”でそれを成し遂げようとした。その成果は完璧ではなかったものの、一定の成功を収め、彼が姿を消した後も彼の友人たちへと引き継がれていた。彼が宝玉から動力として純粋なエネルギーを取り出す方法を発見し、それにより彼の温めていた研究──物体を別の場所へと瞬時に移動させる方法──は現実のものとなった。
 そう、その知識は今も引き継がれている。彼がこの島で出会った小さなウィンドミルの少女を介して。

「あァァァァッ、ナンでウマくイカねェんだよッ?!」

 静かな朝の野営地の中で奇声をあげる男が一人。そのウィンドミルの少女ルミィから、ハルゼイがかつて築き上げた転送や合成の全てを託され、今その技術を引き継いでいるのは、不幸にも一切そういったものに向いていないこの盗賊だった。
 アイヴォリーの目の前には、“移動式ラボ”とそれまでの先達が呼んでいたものを極限まで簡素化したシステムだ。全ての統合を行い制御する軽量のノート型コンピュータ。そこから命令を伝達され、実際に物体の分解と再構築を行うための電子式組成装置が二つ。言ってしまえばそういう構造なのだが、残念ながら当のアイヴォリーにとっては“繋がった魔法の板”と“魔法の箱”にしか過ぎなかった。

「えェい、クソッタレッ!」

 怒りに任せて目の前の“魔法の板”を殴りつけようとして、勢い良く振り下ろされかけた拳が直前で止まる。昨日友人の一人に聞かされた話では、実はこの機械は繊細なものらしい。うっかり壊してしまえば中の記憶が全て消えてしまう上に、取替えも利かないということだった。無論その機構を理解した者が必要な部品を揃えれば修理も出来るのだろうが、残念ながらというか当然というか、今の継承者であるこの白い盗賊にそんな技術はない。要するに、これを壊してしまえば今までの苦労が水の泡になってしまうのだった。
 “ねずみさんを繋いでね。”と書かれた一番弟子の、彼向けの取扱説明書と睨めっこしながら鼠に良く似た操作用の機械を探し、あるべき場所に接続するのに一日かかった。“アイコンを押してください。”と書かれた、この機械の製作者の難解な資料と格闘しながら、実際に画面に映る四角いアイコンをいくら指で押しても何の反応もないことに嫌気が差し、三日間放棄したときもあった。それまで山猫避けに使っていた光る円盤に膨大な量の情報が詰め込まれていると知ったときには、この情報で自分が全知全能になれると確信したものだ。
 だが、そんな日々も今は懐かしい。アイヴォリーは、確実に進歩していた。デスクトップに貼り付けられていた合成表のテキストを間違えて開き、合成の理論を理解した。たまたま他のアイコンを適当に押してみた結果、島の別の場所にいる生き物たちをその場に召喚するという魔術のような別の機能も発見した。そして今、動力源となるはずの水の宝玉を手に入れたアイヴォリーは、この機械の本来の目的を実行するために、画面に映る数式と格闘していた。

「コレが……分解の精度で……コッチが再構成の合成率だろ……ココが……ヤッパ再構成の位置のハズナンだケド、ねェ……。」

 溜め息をついて目頭を揉む。細かい作業が得意なアイヴォリーだが、これはまた別なのか非常に目が疲れるのだった。もう一度画面を注視し、作業に戻る彼の背中はパソコンが不得手なせいで仕事が進まず残業で一人残されたサラリーマンばりに煤けていた。
 この移動式ラボを作り上げた彼の友人ハルゼイは、これで遠く離れた味方へと支援物資を送り届けていた。別の世界にいた部隊の仲間の下へと自らを転送し、その仲間を連れ帰ってきた。このラボを彼から譲り受けたルミィは、この装置を使って自らを転送させ、どこかへと旅立って行った。彼の先達二人は、確かにこの機械を使って“それ”を成し遂げたのだ。それならば、アイヴォリーにも同じことが出来るはずだった。ハルゼイは宝玉が動力源として使えなければ不安定すぎて転送を行うのは危険だと言っていたのだ。だが、それに続いたルミィに至っては宝玉さえ無しに自らを転送した。今のアイヴォリーには、彼らがそれを成し遂げたこの“魔法の板”と、そして宝玉がある。絶対に、出来るはずなのだった。

「あァ……まァイイか、実行。」

 適当に数字を入れ替え、実行のボタンを押す。コンピュータの裏に設えられた丸いスロットにはめ込まれた水の宝玉が光を放ち、箱の中が輝いた。まさか“島”も“榊”も、宝玉がこんなことに使われているとは思わないだろう。そして輝きが収まると、聞きなれた鐘の音と共に箱の中にどうしようもない物体が一つ現れた。

「だァァァァァッ?!」

 叫びながら箱からどうしようもない物体を取り出し、それを思いっきり遠くへと投げ捨てるアイヴォリー。本当ならば箱自身を投げたいところなのだが、これも取り替えが利かないので仕方なくどうしようもない物体に当たっているらしい。これで何回目の挑戦なのか、アイヴォリーの周囲にはどうしようもない物体が山のように散乱していた。

「だからッ!ナンでッ!合成すんだよッ?!転送しろッつーかもうどうしようもない物体とか有りアマッてるからッ?!」

 清々しい冷気が立ち込める爽やかな朝っぱらから、コンピュータを相手に一人で怒りまくるアイヴォリーを、仲間たちが心配そうに、だが明らかに遠巻きにして見ているのは、単にアイヴォリーが怒っているからでないのは明白だった。
 こんなとき、このコンピュータを創り上げた男、ハルゼイが横にいたら苦笑しながらこういっただろう。

「ウィンド殿、物質転送はこのアプリケーションではなく、このアイコンから起動する別のアプリケーションで行うんですよ。」

 と。だが、非常に残念なことに、今アイヴォリーの周りにはそれを理解して指摘できる人間は誰もいないのだった。結局数日後に、自棄を起こして画面中をめちゃくちゃにクリックしまくったアイヴォリーが偶然そのアプリケーションを発見するまで物質転送は実現されなかったという。

    +    +    +    

「あ、アイヴォリーさん……本当にやるんですか?」

 なぜか恐れを滲ませた顔でジョルジュがアイヴォリーに確認する。その問いに、アイヴォリーはどこかうんざりした様子で頷いた。

「ヤると言ったらヤる。オトコに二言はねェ。」

 その言葉を聞いて、ジョルジュの顔が歪んだ。どこか悲壮な決意を固めてジョルジュは腰に佩かれたその剣を抜く。

「じゃあ……行きますよッ!」

「どッ……こらせとうおッ?」

 牽制で横薙ぎに振るわれたジョルジュの一撃を済んでのところでどうにか躱すアイヴォリー。だが、持ち上げようとした借り物の得物はその場に置き去りのままだった。
 両のブーツに佩かれたダガーは両方とも抜かれていない。その代わりに、アイヴォリーの目の前には、子供の身長ほどもある巨大な斧が地面に突き立てられている。一目見て業物であることが分かるそれは、ジョルジュが普段剣と共に使っている斧だった。
 かつて仲間として共に彼と戦ったウィンドミルの少女ルミィが振るっていた、彼女の身の丈ほどもある斧を参考にして、ジョルジュが作り上げた名品。質量で叩き斬る武器の象徴とも言える斧の戦い方に忠実に非常に堅牢な作りで仕上げられ、これまで仲間たちの武器を一手に引き受けて打って来たジョルジュの武器作製の技術の粋が込められている。黒く鈍く光る刃は剣呑で、そこには本来の威力をさらに増すために加速の呪が刻み込まれており、それによってさらに刃は速度を増して相手に迫る。長めに作られた柄は重量のバランスを考えられてのもので、力いっぱい相手に叩きつけても使い手の重心を崩さず、すぐに次の攻撃や防御に移行できるように考え抜かれたものだった。

「アイヴォリーさん……やっぱり無理なんじゃ……。」

 どうにかしてその斧を持ち上げようとして、たたらを踏んだアイヴォリーを見てジョルジュがそう声をかける。肩に担いでようやく持ち上がったものの、アイヴォリーの足元は未だにふらついていて、振るうどころか斧に潰されそうな雰囲気すら漂わせていた。

「ウルセェッ、オレだってアサシンの端くれ、武器のジャンルなんて選ばねェんだよッ!
 さっさとかかって来やがれッ!!」

「……困ったなぁ……。」

 アイヴォリーに急かされて、小さくそう呟いたジョルジュが明らかに気乗りしない様子で手を抜いた一撃を放つ。それを受けるアイヴォリーはというと、その攻撃を避けるためにさっさと斧を投げ出し後方に飛び下がっていた。

「アイヴォリーさん……それじゃ意味ないんじゃあ……?」

「ウルセェ、もっかい担ぐからちょっと待ってろッ?!」

 その業物を使いこなすとかいう以前の問題として、そもそも一度もそれを振るえていないアイヴォリーの様子を見てジョルジュは困ったように苦笑を浮かべた。いきなり呼び出され、回避の訓練に付き合ってくれ、と頼まれて彼と対峙したのだが、とりあえず回避をしてはいるにしても、そこにわざわざ頼まれて持ち出したこの斧が関係しているようには見えない。どう見ても普段通りに避けているだけだ。多分この後で斧を作れと言われるのだろうが、その重量をどうやって削れば良いのか。必死の形相でもう一度その斧を担ぎ上げようとしているアイヴォリーを他人事の視線で眺めながら、既にジョルジュはそのことで頭がいっぱいだった。

~二十五日目──“猫に小判”~

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  1. 2007/11/27(火) 05:26:24|
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R,E.D.

Author:R,E.D.
crossing daggers,
edge of the wind that coloured BLANC,
"Clear Wind" assassin of assassins,
blooded eyes, ashed hair,

"Betrayer"

his stab likes a ivory colored wind.
He is "Ivory=Wind".

二振りの短剣
“純白”と呼ばれし鎌鼬
“涼風”として恐れられた暗殺者
血の色の瞳、白き髪

“裏切り者”

その一撃、一陣の象牙色の風の如く
即ち、“実験体”。

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