「チッ、コレじゃ間に合わねェッ!」
アイヴォリーは舌打ちしてそう叫んだ。何を急いでいるのか、大慌てで目の前に置かれた得物を振るう。
「仕方ねェ、コイツは使いたくなかったが……イクぜ、“右と左のカマイタチ”ッ!!」
見事な六連撃は、その対象を過たず等分した。膾切りにされた相手が地面に落ちるよりも早く、アイヴォリーは地面で足元を思い切り踏みつける。足元に置かれた板が跳ね上がり、ちょうどその上だった次の対象が反動で宙を舞った。
「“クモの巣”!!」
傍らに引かれた警戒用のワイヤーをダガーで一撫で、鋭い金属音に僅かに遅れて見えない風の刃が跳ね上げられた対象を襲う。周囲には綿密に計算されて張力を拮抗させた金属線が縦横無尽に張り巡らされているのだ。アイヴォリーはこれを“蜘蛛の巣”と呼び、鳴子の警戒装置から空間攻撃の武器まで、幅広く流用している。休息時に太い鋼線を張っておけば、どこかのバランスが崩れたときにアイヴォリーの傍らに引かれた線に結わえられた鈴が鳴り、戦闘中には錘を付けた細い鋼線を使うことで、その張力がそのまま威力に変化するのだ。限界まで張られていたそのワイヤーは、巧妙な潜伏から一転して彼を中心に吹き荒れる嵐と化した。アイヴォリーの頭上では、対象が四方から襲い掛かるその鋼線に玩ばれて切り刻まれながら跳ね踊っている。
「次ッ!」
未だ空中で踊るものには目もくれずアイヴォリーは振り向いた。その瞳にはどこか焦りの色が見え隠れしている。どんなときでも人を煙に巻く笑みを浮かべている彼にしては、中々に珍しいことではあった。
「ダメだ、間に合わねェッ……風の乙女、オレに加護をッ!」
暗殺者の時代から訓練された、意識の集中による潜在能力の覚醒方法。それはエルフや野伏たちが編み出した精神集中の方法と彼によって独自に組み合わされ、肉体の限界を超える速度をもたらす。アイヴォリー自身滅多に使わない“自己加速”の能力だ。だが、隠密と幻術によってこの島の“忍術”を会得したアイヴォリーは、その独自の方法と組み合わせることで効果こそ薄いものの簡易な“自己加速”を習得していた。普段よりもさらにその身を軽くしたアイヴォリーが一瞬で間合いを詰める。
「全部まとめて料理してヤるぜ!」
そう宣言したアイヴォリーは、駆け寄ったテーブルの上に置かれている板状の機械──ノート型のコンピュータ──のキーを一つ押した。画面上で目まぐるしく数列が変化し、その命令に従って意味を知ることさえ困難な複雑な計算が処理されていく。
「座標特定──物質転送を開始します。」
画面に表示されたそのメッセージと共に、アイヴォリーに切り刻まれた様々なものが掻き消えた。それらは瞬時に集められて、アイヴォリーの背後の空間に再び現れる。
「コレならイケるッ、点火!!」
振り返り様に、アイヴォリーは包丁を投げつけた。その無理な投げ方にもかかわらず、狙いは正確に転送されてきた具材の下、鍋が置かれた竈へと定められていた。包丁が吸い込まれた竈の奥で火花が散り、彼がダガーに仕込んでいる燃える液体に一気に火をつけた。
「……よし、コレなら間に合うな。ヤレヤレ……毎日毎日ラクじゃねェぜ……。」
ようやく十五人分の食事の準備を終えたアイヴォリーは、そう言って疲れた、だがどこか満足感の見える清々しい顔で一人呟いた。
+ 「ねえ、アスカロン……あれってどう見ても才能の浪費じゃないかな。」
「間違いなく、ね。」
※ 全部妄想です。 + + + 「ん~、コレッてホントに食えんのかよ?」
アイヴォリーは倒した敵を捌いて集めた鍋を覗き込みながら、傍らのメイリーにそう呟く。メイリーと細雪とともに敵を倒したアイヴォリーは、いぶかしみながらも敵の死骸を手際よく切り分け、傍らの食料袋へと放り込んでいた。この辺り、以前の“島”でも訓練されているせいなのか口調の割には手つきに迷いがなかったのだが。
アイヴォリーが切り分けて食用にしたのは、砂の中から現れた軟体生物だった。海でたまに網にかかるそれに良く似ていた。海の悪魔と呼ばれてあまり食用として出回ることもなく、足が八本に頭が乗っているというその独特の風貌も相まって、あまり食べたいと思える代物でもない。だが、少なくとも海で採れるそれは漁師たちが自分で食べていたから食べられるはずだ。それにそっくりなのだから、これも食べられるはずだ。海にいるそれよりもかなり巨大──人の胸くらいまでの大きさがあった──で、海のそれにはない鎧状の甲殻が身体のあちこちを覆っているにはしても。砂蛸は、そんな遺跡には割と有りがちな生物だった。
「せめて足が取れリャ良かったんだけどねェ……。」
「だって足はアイが戦ってる間からあっちこっちに切っちゃったんでしょ~。」
蛸の足は美味いらしい、というアイヴォリーの戦闘前の豆知識にもかかわらず、戦闘が終わって集められた砂蛸の肉は、そのほとんどが胴体のものだった。口から墨を吐く以外は、その攻撃手段は全て足によるもの──足と頭しかないのだから当然だが──だった。使い慣れない斧を手に戦ったアイヴォリーが、早々に相手の攻撃手段を封じるために斬り飛ばしてしまったのだ。後から三人で探してはみたものの、どうしても足は見つけられなかった。斬り飛ばした後も結構な時間動いていたから、もしかすると足だけで逃げたのかも知れない。アイヴォリーはそんなことを思いながら呟いた。
「逃げ足の速ェ野郎だぜ……。」
アイヴォリーの駄洒落はさて置き、シルヴェンの守護者たちからその食べ方を聞いたアイヴォリーは、持ってきている調味料に砂蛸を漬け込むつもりらしい。話によると、砂蛸は砂の中に棲む生物のため、砂抜きをしなければならないらしい。これだけ切り刻んで肉の状態になってしまったのに砂抜きが出来るのかどうかも怪しいものだったのだが、昨日の晩アイヴォリーはその肉を相手に、夜遅くまで何やら作業をしていた。料理用に汲んだ近くの水に晒していただけらしいのだが、海の悪魔ならぬ砂漠の悪魔の肉を相手に、小さな明かりだけで暗殺者が短剣を片手に下拵えをするその様はあまり目にしたくないものだったとシルヴェンの守護者が後でメイリーにこっそり教えてくれた。
「さて、じゃソロソロメシの準備にすッかねェ。」
いつまでも眺めているだけでは仕方がないと判断したのか、鍋の中身から目を逸らしてアイヴォリーが呟いた。持ち込んでいる発酵調味料の一つが入れられた小瓶をサックから取り出して鍋の中に空ける。
「うッわ~……。」
「えええええ……。」
アイヴォリーの奇声に驚いて、一度目を外したメイリーも再び鍋の中へと目をやった。が、そんなことしなければ良かったと彼女は即座に後悔した。鍋の中では、昨日切り刻んでアイヴォリーが殺した砂蛸の肉が、その調味料の刺激に反応したのか、うねうねごろごろと再び悶えていたのだ。
「あ、アイ……死んでるのよね?」
「と、当然だろ。し、新鮮ッてコトだ。」
まったく意味不明な答えをアイヴォリーが返す。親が漁師だった冒険者の知り合いからこんな光景を聞いたことがあったな、とアイヴォリーは今さらながらに思い出した。だが、それは捌いてからいくらも経たない時間の話で、一晩経った状態でこうなるなど聞いたこともない。無論、砂蛸の話ではなかったのだが。
「ッつーか、ホントに食えんのかよコレ。」
「ボクに聞かないでよね。アイが食べられるって言ったんでしょう?」
同じ問いをもう一度誰にともなく発したアイヴォリーにメイリーが強張った声で答える。確かに見ていて気持ちの良いものでもなければ美味しそうに見えるはずもない光景ではあった。
「ホレ、食ってみるか?
サンドジェリーのときも率先して食ってたじゃねェか。コレも案外ミカン味とかかも知れねェぞ?」
そんな訳はない。
「やっぱり、作った人がまず味見してみないとっ!」
メイリーの切り返しに、アイヴォリーが硬直した。至極もっともな意見ではある。目の前でうねうねごろごろしているこんな状況でなければの話だが。
「…………。」
「…………。」
微妙な間が二人の間に流れ、アイヴォリーが気を取り直して妙に明るい声を上げた。振り返った彼は、今日のもう一つの食材を手にする。
「確かコイツも一緒に酢に漬けるッて言ってたよな……。」
砂蛸と一緒に現れたのは、見事な足を持つ雑草だった。すごい勢いで走り回るそれは、その健脚から繰り出す様々な足技でアイヴォリーたちを苦しめた。こちらは先ほどの蛸とは逆に、足以外の部分を率先して持ち帰り、足は捨ててきた。理由はもちろん、人間の足にそっくりで気持ち悪かったからだ。
「すごい走ってたよね?」
「お、思い出させるな。」
その健脚ぶり──というよりその足そのもの──を思い出してアイヴォリーが顔を顰める。まぁこれは足のなくなった今の状態では唯の野菜か何かに見えなくもない。アイヴォリーは雑草の太い部分を手早く輪切りにすると、未だに動いている蛸が入った鍋にそれも放り込んでさらに調味料を足した。追加された調味料に、さらに足がうねうねごろごろと動き回る。
「止めとけばいいのに……。」
「ヤメとキャ良かった。」
二人で目を合わせて一つ頷きあった。とりあえずこれ以上調味料を追加するのは薦められたものではない。主に精神衛生上の問題で。二人の意見はぴったり一つにまとまっていた。
「二人で何頷きあってるのかな?」
酢の臭いに刺激されたのか、鼻をぴくぴくと動かしながら細雪が天幕から出てきた。鍋を覗き込むと彼女は眼を輝かせる。
「わー、昨日の蛸だ、おいしそう!」
「あッ、あ、あー……。」
アイヴォリーが止めようとする間もなく、食の権化である獣人の姿をした彼女は鍋に手を伸ばしてまだ動き回っているそれを一つ手にすると、口の中に入れた。
「…………。」
「…………。」
心配そうに細雪を見やる二人。宙を見あげて味を見ながら咀嚼する細雪。
「う、ウマいのか……?」
「うん、新鮮で歯ごたえが良くっておいしいんだよ。でももっと酸っぱくても良いかな?」
おいしいものを食べて嬉しそうに笑顔を浮かべる細雪に、二人がどこか間の抜けた表情で視線を送っていた。もうこれ以上うねうねごろごろは見たくない、とアイヴォリーがメイリーに目で助けを求めたが、彼女は悲しげにゆっくりと首を振っただけだった。
~二十八日目──料理は才能?~
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- 2007/11/27(火) 05:30:54|
- 偽島
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