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紅の調律者

偽島用。

前振り:二十六日目

 結局、ジョルジュに頼まれたのは、普通の斧だった。普通といっても、それはあくまでもアイヴォリーの普通であって、唯の斧という訳ではない。確かに見た目に関しては、遺跡外でも良くありそうな極普通の手斧というやつだった。だがその見た目にもかかわらず、斧頭として使う金属の比重から柄の細かい長さまで詳細な指定が付けられていた。振るうときのバランスを取るためにそういった全ての指示が為されている。身の軽さによって相手の攻撃を凌ぐアイヴォリーにとって、そういった質量で攻撃する武器は一歩間違えば命取りになるかも知れない代物だ。手数によって相手を圧倒し、常に自分の回避を優先する彼の戦い方においては、自らのバランスを崩す攻撃というのは、それで相手の止めを刺すとき以外には決して行われない類の行動だからだ。

「どうすれば良いかなぁ……。」

 ジョルジュは悩んでいた。与えられた素材は優秀な武器を作るのに十分なものだ。それは斧でも同じことで、アイヴォリーが与えた指示通りに作っても見事な手斧が出来上がるだろう。アイヴォリーは素材の性質までを考えた上で全体的な武器の完成図を頭の中に持っているらしく、一見すれば与えられた素材を使ってこの指示以上に優れた武器を作ることが不可能なほどに、彼の指示は的確そのものだった。
 だが、それに納得できない自分がいることにも、ジョルジュは気付いていたのだった。昨日の簡単な立ち合いを見るまでもなく、彼のように身軽さを身上とする軽戦士タイプの前衛にとって、斧というのは非常に相性が悪い。バランスのために全体の重量を下げれば、それは一撃の威力という斧の利点を殺して単なる使いにくい棍棒になってしまうし、かと言って重量を上げても筋力が足りなければ十分なスピードを乗せることが出来ない。威力が乗らなければこの手の武器は簡単に見切られ、弾かれることで致命的にバランスを崩してしまう。そもそも、両手で別々の武器を操りながら手首の動きによって多くのフェイントを繰り出すアイヴォリーの戦闘スタイルには、真正面からスピードを乗せて一直線に叩き付ける斧というのは、いかにも相性の悪いものだった。それは、アイヴォリーの絶妙な武器への知識を持ってしても、それ自体が武器の特性という根源的なものに由来しているだけに、避けようのないものだった。

「う~ん、こんな感じかな……アスカロン、手伝ってくれるかな?」

 何かを決めたらしいジョルジュが、自らが常に佩いて手放すことのない聖剣に声をかける。いつものように、表面だけはうんざりした表情を浮かべて具現した少女が、ジョルジュが描き始めた武器の設計図を覗く。

「あんた、こんな言われてもないもの作ったりしたら、またあの男にうるさく言われるわよ?」

 聖剣のそんな呟きにも耳を貸さずに、ジョルジュはアイヴォリーが寄越した詳細な指示を脇へ届けると、自分が練り上げた武器を実現するために手早く設計図を描いていく。彼から与えられた指示をそのまま実行するだけでは越えられない壁を越える何かを、自分なら創り出せる。そう信じていた。

    +    +    +    

 完成品を見せられたアイヴォリーは、ただ小さく鼻を鳴らしただけだった。ちらりと目をやって、鼻を鳴らして。

「……どう、です。アイヴォリーさん……。」

 これを作っている間、ずっとアスカロンに“アイヴォリーがどれだけこの斧に対して文句を言うか”を、様々なバリエーションで延々と言われ続けたジョルジュは、流石に恐る恐るといった感じでアイヴォリーに尋ねる。それに対して、アイヴォリーは彼女が言っていた反応の内の、どれでもないものを返して来たのだった。
 ジョルジュが創り上げたのは、今までに誰も見たことのない“斧”だった。何に近いかといわれれば、ハルバードの穂先に一番近いだろうか。ショートソードほどの片手で握る柄と、その先にあまりにもバランスの取れていなさそうな巨大な斧の刃が取り付けられた奇怪な武器。まるで護拳のようにして斧の刃が柄よりも長く垂れ下がり、さらに先端側は次第に細くなってグラディウス──幅広の小剣のように突き出している。あまりにも珍妙な武器だった。どう考えてもアイヴォリーが喜ぶとは思えない、異様な形の武器だった。

「まァボウズ、ちょっとソイツ貸してみろ。」

 ジョルジュがおずおずと見せるその“斧”に手を伸ばし、彼からそれを受け取るアイヴォリー。柄を握りこむと、まさにその刃は護拳であることが分かる。握った拳の周りを取り囲んで守っているのだ。結構な重量があるものの、刃が手首の周りに配置されているためにそれほど重くは感じられない。もう一度小さく鼻を鳴らして、アイヴォリーはジョルジュを促した。

「ちっと手伝え。」

 ジョルジュを天幕の外へと連れ出し、適度な間合いを取ったジョルジュにアイヴォリーは顎をしゃくる。促して剣を抜かせ、アイヴォリー自身は構えることすらしない。左手にその“斧”を持って自然な体勢で立っているだけだ。

「ホレ、実際に使ってみねェと分からねェダロ、さっさと来な。」

 ジョルジュを急かし、いつものように口の端で笑みを浮かべる。気乗りのしない様子でジョルジュは剣を構えた。昨日の、斧に振り回されるアイヴォリーの様子は無論彼の記憶に新しい。それでなくても昨日の練習試合ではジョルジュの大技を避け損ねて手酷い一撃を被ったアイヴォリーは、その後もかなりの間足元がおぼつかない様子だったのだ。それでまた切りかかれと言われても、躊躇しない方がどうかしているというものだろう。

「じゃ、じゃあ行きますよ……?」

 恐る恐るといった様子で、どこか腰の引けた一閃をジョルジュが放った。鋭い金属音とともにその一撃を跳ね上げて、今まで立ち尽くしていたアイヴォリーがジョルジュの懐へと滑り込み、その喉元に斧の刃を突きつけていた。その護拳で一撃を受けて跳ね上げ、そのまま間合いを詰めたのだ。

「……ボウズ、ソイツは手をヌキスギじゃねェか?」

 冷たい目で、吐息が触れ合わんほどの距離で。アイヴォリーが押し殺した声で呟いた。ジョルジュが後悔のいろを瞳に浮かべるがもう遅い。
 結局、武器の出来を手放しで喜ぶほどに認められたにもかかわらず、ジョルジュは予定通りアイヴォリーに延々と怒られたのだった。

    +    +    +    

 遺跡の中で、床と呼ばれる通路部分はその他の地形よりもいわゆる“遺跡”に近い。その地域によって材質は異なるものの、床はほとんどが舗装されていて、壁も存在する。ところどころ剥がれた石畳や崩れた石柱などが転がって障害物となっていたりもするが、ほとんどの部分は寒々とした石造りの灰色の地形だった。

「ヤレヤレ、こういうトコはなァ……コマるんだよな。」

 うんざりした様子で呟くアイヴォリー。“床”では現れる敵が砂地や平野に比べて格段に強い。必要がなければわざわざそこで野営する者も少ないのが“床”だった。だが、今のアイヴォリーはそういった“目の前にある危機”に対してではなく、もっと日常的な問題に対して愚痴をこぼしているのだった。
 遺跡の地面が完全に石畳では、火を起こすのが非常に手間がかかる。それはつまり料理をするのに不必要な時間がかかることを意味していた。それでなくても、アイヴォリーの料理というのは自然の中では、その様々な要素を使って行われている。石を組み合わせて竈を作り、枯れ木を使って火を起こし、地面を掘って蒸し焼きにする。そういった全てが石畳では行えないのだった。
 結局、アイヴォリーが今やっているのは持ち込んだ固形燃料で小さな火を起こし、携帯用の保存食を水で戻して煮込んでいるという、探索者にはありがちな、味気ない食事の準備になっていた。
 それでも、火を起こせるだけでもありがたい。この固形燃料にしても、エルフの村でその作り方を教わっていなければ今こうして火を起こすことさえ出来なかったのだ。よく乾いた草を練り込んだ粘土と一緒に、発火の小魔法を封じ込めた糸を巻き乾燥させたもの。この粘土で作った泥団子のような見かけの小さな物体は、その見かけによらず安定した火力で結構な時間の間暖かな火を提供してくれる。エルフたちが森の中で培ってきた、自然と魔術を高度に融合させた日常の生活用品だった。だが、それ単体での火力は大きな焼き物をするには不十分で、水を沸かすか覚めたシチューを温め直すくらいにしか使えない。彼らの知識はあくまでも自然の中で用いるために考え出されたものだからだ。

「ヤレヤレ、まァ仕方ねェやな……。」

 アイヴォリーは中々温まらない鍋の中を覗き込みながら、手元の小さなクッキーを齧った。これもエルフたちから教わったものだ。彼らは長距離を素早く移動しなければならないときに必ずこれを食料として携帯していた。“焼き菓子”という意味のエルフ語で名付けられたそれは、魔術師や野伏たちには“エルフの焼き菓子”として知られている。一欠け口にすれば一日を不眠不休で乗り切れる。一つ食べれば一週間何も採らずに移動できると言われる、魔法のような糧食だった。
 実際に、エルフの森にいた頃にアイヴォリーはそれを口にしたことがあった。蜂蜜を練り込んで焼かれたそれはほんのり甘く、どれだけ時間が経っても焼き立てのような歯触りで、それは感動したものだ。
 だが、今アイヴォリーが齧ったクッキーは、味こそ似てはいるものの、こういった遺跡特有の湿気を吸ってぼそぼそとした味気ない、時間の経ったクッキーでしかなかった。それもそのはず、アイヴォリーは未だにあの“エルフの焼き菓子”を作れないでいた。エルフたちの秘伝の一つ、本当の魔法の品。固形燃料のような日常の便利な道具ではなく、あれはエルフたちが長い時間の中で作り上げてきたものなのだ。作り方を知らない訳ではない。あの村で偽りの平和なときを過ごしていた人間の間者は、取り入ったエルフの娘と一緒によくあの焼き菓子を作っていた。だが、そのときから一度も上手くいったことはなかったのだ。それは、人間では到底及ばない、長く平和な、時の止まったエルフたちの時間の中で覚えるものだったから。

「チッ、ウマくねェな、相変わらず。」

 自分で作ったクッキーに不平を漏らし、アイヴォリーは鍋をかき混ぜる。メイリーが絶賛してくれるそのクッキーは、彼には今でもどこか苦く、裏切りの味がした。
 まだ壁は乗り越えられていないようだ。

~二十六日目──“壁”~

  1. 2007/11/27(火) 05:27:52|
  2. 偽島
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前振り:二十五日目

 アイヴォリーがようやく手にした、一つ目の宝玉。この“島”の力そのもので、その属性の精霊力がその中に封じ込められている。この“島”が何千人もの人間たちを抱える許容量のある巨大なものだけに、その力は欠片といっても大きなものだった。
 その途轍もない、宝玉の秘めた力を、かつて独力で解析しようとした者がいる。彼は今のこの場所と同じであって同じではない“島”、かつての“島”でそれを成し遂げようとした。その成果は完璧ではなかったものの、一定の成功を収め、彼が姿を消した後も彼の友人たちへと引き継がれていた。彼が宝玉から動力として純粋なエネルギーを取り出す方法を発見し、それにより彼の温めていた研究──物体を別の場所へと瞬時に移動させる方法──は現実のものとなった。
 そう、その知識は今も引き継がれている。彼がこの島で出会った小さなウィンドミルの少女を介して。

「あァァァァッ、ナンでウマくイカねェんだよッ?!」

 静かな朝の野営地の中で奇声をあげる男が一人。そのウィンドミルの少女ルミィから、ハルゼイがかつて築き上げた転送や合成の全てを託され、今その技術を引き継いでいるのは、不幸にも一切そういったものに向いていないこの盗賊だった。
 アイヴォリーの目の前には、“移動式ラボ”とそれまでの先達が呼んでいたものを極限まで簡素化したシステムだ。全ての統合を行い制御する軽量のノート型コンピュータ。そこから命令を伝達され、実際に物体の分解と再構築を行うための電子式組成装置が二つ。言ってしまえばそういう構造なのだが、残念ながら当のアイヴォリーにとっては“繋がった魔法の板”と“魔法の箱”にしか過ぎなかった。

「えェい、クソッタレッ!」

 怒りに任せて目の前の“魔法の板”を殴りつけようとして、勢い良く振り下ろされかけた拳が直前で止まる。昨日友人の一人に聞かされた話では、実はこの機械は繊細なものらしい。うっかり壊してしまえば中の記憶が全て消えてしまう上に、取替えも利かないということだった。無論その機構を理解した者が必要な部品を揃えれば修理も出来るのだろうが、残念ながらというか当然というか、今の継承者であるこの白い盗賊にそんな技術はない。要するに、これを壊してしまえば今までの苦労が水の泡になってしまうのだった。
 “ねずみさんを繋いでね。”と書かれた一番弟子の、彼向けの取扱説明書と睨めっこしながら鼠に良く似た操作用の機械を探し、あるべき場所に接続するのに一日かかった。“アイコンを押してください。”と書かれた、この機械の製作者の難解な資料と格闘しながら、実際に画面に映る四角いアイコンをいくら指で押しても何の反応もないことに嫌気が差し、三日間放棄したときもあった。それまで山猫避けに使っていた光る円盤に膨大な量の情報が詰め込まれていると知ったときには、この情報で自分が全知全能になれると確信したものだ。
 だが、そんな日々も今は懐かしい。アイヴォリーは、確実に進歩していた。デスクトップに貼り付けられていた合成表のテキストを間違えて開き、合成の理論を理解した。たまたま他のアイコンを適当に押してみた結果、島の別の場所にいる生き物たちをその場に召喚するという魔術のような別の機能も発見した。そして今、動力源となるはずの水の宝玉を手に入れたアイヴォリーは、この機械の本来の目的を実行するために、画面に映る数式と格闘していた。

「コレが……分解の精度で……コッチが再構成の合成率だろ……ココが……ヤッパ再構成の位置のハズナンだケド、ねェ……。」

 溜め息をついて目頭を揉む。細かい作業が得意なアイヴォリーだが、これはまた別なのか非常に目が疲れるのだった。もう一度画面を注視し、作業に戻る彼の背中はパソコンが不得手なせいで仕事が進まず残業で一人残されたサラリーマンばりに煤けていた。
 この移動式ラボを作り上げた彼の友人ハルゼイは、これで遠く離れた味方へと支援物資を送り届けていた。別の世界にいた部隊の仲間の下へと自らを転送し、その仲間を連れ帰ってきた。このラボを彼から譲り受けたルミィは、この装置を使って自らを転送させ、どこかへと旅立って行った。彼の先達二人は、確かにこの機械を使って“それ”を成し遂げたのだ。それならば、アイヴォリーにも同じことが出来るはずだった。ハルゼイは宝玉が動力源として使えなければ不安定すぎて転送を行うのは危険だと言っていたのだ。だが、それに続いたルミィに至っては宝玉さえ無しに自らを転送した。今のアイヴォリーには、彼らがそれを成し遂げたこの“魔法の板”と、そして宝玉がある。絶対に、出来るはずなのだった。

「あァ……まァイイか、実行。」

 適当に数字を入れ替え、実行のボタンを押す。コンピュータの裏に設えられた丸いスロットにはめ込まれた水の宝玉が光を放ち、箱の中が輝いた。まさか“島”も“榊”も、宝玉がこんなことに使われているとは思わないだろう。そして輝きが収まると、聞きなれた鐘の音と共に箱の中にどうしようもない物体が一つ現れた。

「だァァァァァッ?!」

 叫びながら箱からどうしようもない物体を取り出し、それを思いっきり遠くへと投げ捨てるアイヴォリー。本当ならば箱自身を投げたいところなのだが、これも取り替えが利かないので仕方なくどうしようもない物体に当たっているらしい。これで何回目の挑戦なのか、アイヴォリーの周囲にはどうしようもない物体が山のように散乱していた。

「だからッ!ナンでッ!合成すんだよッ?!転送しろッつーかもうどうしようもない物体とか有りアマッてるからッ?!」

 清々しい冷気が立ち込める爽やかな朝っぱらから、コンピュータを相手に一人で怒りまくるアイヴォリーを、仲間たちが心配そうに、だが明らかに遠巻きにして見ているのは、単にアイヴォリーが怒っているからでないのは明白だった。
 こんなとき、このコンピュータを創り上げた男、ハルゼイが横にいたら苦笑しながらこういっただろう。

「ウィンド殿、物質転送はこのアプリケーションではなく、このアイコンから起動する別のアプリケーションで行うんですよ。」

 と。だが、非常に残念なことに、今アイヴォリーの周りにはそれを理解して指摘できる人間は誰もいないのだった。結局数日後に、自棄を起こして画面中をめちゃくちゃにクリックしまくったアイヴォリーが偶然そのアプリケーションを発見するまで物質転送は実現されなかったという。

    +    +    +    

「あ、アイヴォリーさん……本当にやるんですか?」

 なぜか恐れを滲ませた顔でジョルジュがアイヴォリーに確認する。その問いに、アイヴォリーはどこかうんざりした様子で頷いた。

「ヤると言ったらヤる。オトコに二言はねェ。」

 その言葉を聞いて、ジョルジュの顔が歪んだ。どこか悲壮な決意を固めてジョルジュは腰に佩かれたその剣を抜く。

「じゃあ……行きますよッ!」

「どッ……こらせとうおッ?」

 牽制で横薙ぎに振るわれたジョルジュの一撃を済んでのところでどうにか躱すアイヴォリー。だが、持ち上げようとした借り物の得物はその場に置き去りのままだった。
 両のブーツに佩かれたダガーは両方とも抜かれていない。その代わりに、アイヴォリーの目の前には、子供の身長ほどもある巨大な斧が地面に突き立てられている。一目見て業物であることが分かるそれは、ジョルジュが普段剣と共に使っている斧だった。
 かつて仲間として共に彼と戦ったウィンドミルの少女ルミィが振るっていた、彼女の身の丈ほどもある斧を参考にして、ジョルジュが作り上げた名品。質量で叩き斬る武器の象徴とも言える斧の戦い方に忠実に非常に堅牢な作りで仕上げられ、これまで仲間たちの武器を一手に引き受けて打って来たジョルジュの武器作製の技術の粋が込められている。黒く鈍く光る刃は剣呑で、そこには本来の威力をさらに増すために加速の呪が刻み込まれており、それによってさらに刃は速度を増して相手に迫る。長めに作られた柄は重量のバランスを考えられてのもので、力いっぱい相手に叩きつけても使い手の重心を崩さず、すぐに次の攻撃や防御に移行できるように考え抜かれたものだった。

「アイヴォリーさん……やっぱり無理なんじゃ……。」

 どうにかしてその斧を持ち上げようとして、たたらを踏んだアイヴォリーを見てジョルジュがそう声をかける。肩に担いでようやく持ち上がったものの、アイヴォリーの足元は未だにふらついていて、振るうどころか斧に潰されそうな雰囲気すら漂わせていた。

「ウルセェッ、オレだってアサシンの端くれ、武器のジャンルなんて選ばねェんだよッ!
 さっさとかかって来やがれッ!!」

「……困ったなぁ……。」

 アイヴォリーに急かされて、小さくそう呟いたジョルジュが明らかに気乗りしない様子で手を抜いた一撃を放つ。それを受けるアイヴォリーはというと、その攻撃を避けるためにさっさと斧を投げ出し後方に飛び下がっていた。

「アイヴォリーさん……それじゃ意味ないんじゃあ……?」

「ウルセェ、もっかい担ぐからちょっと待ってろッ?!」

 その業物を使いこなすとかいう以前の問題として、そもそも一度もそれを振るえていないアイヴォリーの様子を見てジョルジュは困ったように苦笑を浮かべた。いきなり呼び出され、回避の訓練に付き合ってくれ、と頼まれて彼と対峙したのだが、とりあえず回避をしてはいるにしても、そこにわざわざ頼まれて持ち出したこの斧が関係しているようには見えない。どう見ても普段通りに避けているだけだ。多分この後で斧を作れと言われるのだろうが、その重量をどうやって削れば良いのか。必死の形相でもう一度その斧を担ぎ上げようとしているアイヴォリーを他人事の視線で眺めながら、既にジョルジュはそのことで頭がいっぱいだった。

~二十五日目──“猫に小判”~

  1. 2007/11/27(火) 05:26:24|
  2. 偽島
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前振り:二十四日目

 ようやく水の宝玉を手にしたアイヴォリーたちは、遺跡外での休養もそこそこに遺跡へと舞い戻っていた。食料の買い足し、明かり用の油や各々が必要な雑多なもの。付加や合成など、足りない生産の調達。他にも砥石や矢といった武器に必要になるもの。そういった様々なものが探索には必要になる。そんな買い出しを終えると、さほど時間は残らない。それでも、アイヴォリーとメイリーは残った時間で遺跡外の露店を冷やかしながら散歩した。その結果、とんでもない面倒に巻き込まれたのだが。

「アイ、昨日の怪我は大丈夫?」

「んあ~、まァな。結構ザックリイカレたケド、まァイツもに比べリャ大したモンでもねェさ。」

 アイヴォリーが真新しい包帯が巻かれた腕をぐるぐると無意味に回してみせる。昨日メリルに斬られた傷の跡だ。その包帯の下は、昨日斬られたときこそかなり深手に見えたのだが、それでも見た目ほどには深いものでもなかった。突発的なものだったとはいえ、あくまでもそれは練習試合であって死力を尽くした果し合いではない。恐らくは手加減されたのだろう。

「ヤレヤレ……クソッタレ……。」

 アイヴォリーが不機嫌そうに呟いた。腕に巻かれた包帯を無造作に巻き取ると、既にその下の傷は癒えている。それを見て、さらに不機嫌そうにアイヴォリーは舌打ちした。

「勝手なコトしヤガッて……オレならもっとカレイに避けたッつーの。」

 どうやら、アイヴォリーの怒りの矛先は、その傷を付けた少女に対してではなく、突然やってきて勝手に身体を使った赤い道化師に向いているらしい。実際にアイヴォリーが彼女たちと立ち合って回避できたかどうかはともかくとして、自らの身体を勝手に使われるという不快感は拭い去れないものだったらしい。
 気付いたら終わっていた、というのならばまた違ったのだろうが、アイヴォリーはそのとき、まだ自らの中に存在する意識を感じていた。その感覚は妙なものだった。自分の身体を使って他人が、自分の意志とは関係無しに戦う様子。大家が店子の商売を横目で傍観しているようなものだ。気に入らないのだが、契約期間の間は追い出すことも出来ない。だがその問題は、その契約期間がいつまでなのかも分からず、いつになればその店子を追い出せるのか大家に分からなかったところだった。

「さてさて、ウデも大丈夫みてェだし、マタ今日からガンバッて行きますかねェ……。」

「うん、頑張ろうね♪」

 腕を擦ってから首を回し、アイヴォリーは自分に気合を入れた。あれだけの傷を負えば、いくら手加減されていたとしても翌日に傷が残らないなどということは有り得ないのだが、妖精騎士としての恩恵は今も現れているらしい。いい加減その驚異的な回復能力に慣れてしまったアイヴォリーには、それを別段不思議とも感じられなかった。実際にはそれは、“傷は思いの他浅いものだった。”と記された結果だったのだが。

「よし、じゃあソロソロ移動すんぜ。嬢ちゃんを呼んできてくれ。」

 メイリーに、もう一人の仲間である妖怪の少女を呼んでくるようにいうアイヴォリー。正直なところ、戦闘中や訓練の非情さからか、アイヴォリーよりもメイリーの方が彼女と分かり合えているらしい。もっともそれは、性別と年齢の違いというだけの話なのかも知れなかったが、アイヴォリーもわざわざそんな自虐的な質問をしてみる気にもならない。

「そういえば今日、やえちゃん見てないわね。アイと違って寝坊とかしないんだけどな?」

「ナンでソコでオレが出て来んだよ……。」

 必要以上に“アイと違って”の部分を強調してそう言ったメイリーに、アイヴォリーが白い目を向ける。だが、普段他人の目があるところではさぼって寝てばかりいるアイヴォリーの言葉には、当然ながら説得力はない。

「じゃちょっと探してくるね。アイは荷物まとめといて?」

「おゥ、早めに戻って来いよ。」

 気のない返事を返して、どこかに感じる違和感に首を捻りながらアイヴォリーは空を見上げる。気のせいだと良いのだが、と心の中で呟きながら。

    +    +    +    

「アイっ、どうしよう……っ!」

「ふむ……まァ、仕方ねェダロ。」

 メイリーからその報告を聞かされたアイヴォリーは、思いの他動揺していなかった。彼にしてみれば、嫌な予感が当たった、というだけの感想でしかなかったのだ。こういった彼の嫌な予感は、悪いものであるほど的中する。それは今回も例外でなく、それゆえにアイヴォリーは小さく鼻を鳴らしただけだった。

「仕方ないって……どうするのよ、もう出発しないとダメなのにっ!」

 その報告をしたメイリーの方が慌てていた。そんな大切な相方の様子を冷静に見ながら、アイヴォリーは口の端を少しだけ歪めた。彼女に気付かれない程度に、冷ややかに。

「大丈夫だ。オレたち二人だけで行くぜ。」

「ってアイっ?
 それって置いていくってことなのっ?!」

 アイヴォリーの冷たい言葉に、彼の小さな相方は抗議の声を上げた。それも当然のことだ。今回のダイブは探索の今後を左右する重要なものだと聞かされている。その初日に、予定していた三人ではなく二人で探索を始めようなどと彼が言い出すとは。
 そう、アイヴォリーの嫌な予感は的中した。つまり、やえは集合時間になっても現れず、どこを探しても見当たらなかった。移動先は告げてあるものの、共に移動しなければその日の戦闘を共に行うことが出来ない。それはここまで三人で組み立ててきた戦術が機能しないことを意味している。そしてそれ以前の問題として、この白い妖精にとっては、新しく出来た友人を置き去りにしていくということを意味していた。

「心配すんな、すぐに追いついて来んだろ。」

 本人にその気があればな。続いて口に上りそうになった言葉は胸の内にしまいこんで口には出さない。今それを彼女に告げてこれ以上彼女を落胆させる必要もないのだ。

「もう移動しねェと、オレたちの方がハグレちまう。心配すんな、昔はこうして二人で冒険してたじゃねェか。
 懐かしいしねェ、メイリーと二人旅ッつーのもオレは悪ィ気はしねェぜ?」

「えっ?
 う、うん……それはそうだけど……。」

 アイヴォリーが戦術的に口にした歯の浮くような言葉に、純粋な彼の相方は彼の予想通りに微かに頬を赤らめ、俯いてほんの少しだけ同意する。彼女に嘘を吐いているような罪悪感が胸を小さく、だが鋭く刺した。だが、アイヴォリーはそれを押し殺す。そもそも本当に戻ってこないと決まった訳ではない。

「さァ、オレたちも行こうぜ。今回は遅れるワケニャイカねェんだ。怒られるのはゴメンだぜ?」

 メイリーを急かしてまとめた荷物を担ぎ上げる。そう、今回は今後の探索のためにも、予定を曲げる訳には行かない。

「……悪ィな、メイリー。」

 視線を前に据えたままで、アイヴォリーは小さく呟いた。このままならば、自分もメイリーももう彼女と会うことはないだろう。予感はこんなときばかり当たるのだ。外れたことはない。
 漏れるように口にされたその言葉は、アイヴォリーに押し殺されることはなかった。それがアイヴォリーの、彼に出来る最大限の、せめてもの彼女への気遣いだった。

    +    +    +    

 夜になって、アイヴォリーとメイリーの前には一人の仲間。かつて一度別れ、再び道を同じくにした仲間だった。

「じゃあ、まだ分からないけどこれからよろしくなんだよ?」

「うん、もし一緒に戦うことになったら楽しくやろうねっ!」

 メイリーが彼女の特徴的な口調での挨拶ににこやかに答えた。それに応えるようにして、新しい仲間の特徴的な耳がぴこぴこと動いた。
 細雪。その特徴的な耳から猫系の獣人に見えるが、実際にはそうではないらしい。見かけの華奢さに反してかなり体力に秀で、アイヴォリーでさえも嫌がるような弓を引く膂力の持ち主。今回の島の探索を共に始めた彼女は、一度は休養のためにアイヴォリーたちと別れ、遺跡外で身体を休めていた。だが今回のダイブにおいて、魔法陣で偶然出会った彼らはお互いのために再び同道することを決めたのだった。
 結局、夜になってもやえは現れなかった。半ばそれを予想していたアイヴォリーは、毎日行われる仲間内での会議の際に全員にそれを伝え、当面メイリーと二人で仲間たちに追いついていくことを宣言した。
 だが、予定されていた三人での戦闘ではなく、二人での戦闘になることは、当然ながら仲間たちの同意を得られなかったのだ。それもそうだろう、今まで前衛の重要な役割である後衛を守る仕事はやえがそのほとんどを受け持っていたのだから。身が軽く、相手の攻撃を回避と受け流しでやり過ごすアイヴォリーは、その補助や遊撃としての能力には秀でていても、一人で前衛を受け持つには不向きなのだから。
 そこで提案されたのは、同道しながらも単独で探索を続けようとしていた細雪との共闘だった。無論お互いの安全のため、この提案は非常に魅力的なものだ。アイヴォリーは、その身軽さのために犠牲にしている一撃の重さを彼女の弓から得られる訳だし、細雪にしても単独で探索する際に発生する様々な突発的な厄介ごとから身を守ることが出来る。だが、その魅力的な提案に反対こそしなかったものの、なぜかアイヴォリーは仏頂面だった。

「ナンでマタよりにもよってネコミミナンだよ……。」

「アイヴォリーさんもよろしくなんだよ!」

 あの耳でいながらにして、自分の呟きが聞こえなかったはずはないんだが、そう思いながらも、笑顔を向けてきた細雪の言葉にアイヴォリーも笑顔で応える。絶対に聞こえていたはずだ。アイヴォリーの呟きに耳がぴくっと動いたのを、彼は見逃していなかった。
 別に、アイヴォリーは細雪が気に入らない訳ではない。その裏表のない真っ直ぐな性格はもちろんのこと、体力に優れた戦闘能力もアイヴォリーは認めていた。当然すぐにメイリーとも仲良くなれるだろう。
 だが、そういったアイヴォリーの彼女に対する評価とは全く関係なく、問題は別のところにあるのだった。

「マタあらぬウワサが立つじゃねェか……。」

 シャルロット戦と、それに前後したメイリーのちょっとした遊び心。それ以来アイヴォリーに降りかかった疑惑はまだ忘れられていない。特に、彼の仲間たちの中でその疑惑を広めた者たちには。

 それでも、最初にメイリーに挨拶したときよりもその耳が少しだけ悲しそうに垂れているのを見て、悪いことをしたかなと少しだけヘコんだアイヴォリーだった。




~二十四日目─“予定外”~

  1. 2007/11/27(火) 05:24:43|
  2. 偽島
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前振り:二十三日目

「不意打ちで、宝玉持っても勝てねェんじゃ才能ねェんダロ。もう来るんじゃねェぞ、次は……殺すぜ?」

 明らかに不機嫌な様子でアイヴォリーが舌打ちする。その口調こそ普段通りの軽いものだったが、いつも通りに浮かべられているはずのその口元の笑み、そして何よりもその目は、普段のそれからは想像も出来ないほどに、まるで冷え切った鉄のようないろを湛えていた。常日頃から人狩りに対して否定的な言葉しか口にしないアイヴォリーは、襲い掛かってきた三人を見下ろしながらそう宣言した。
 相手が身動きできなくなったのを確認すると、それでもまだ張り詰めた空気を漂わせたままで相手に近寄る。傍らの荷物へと目をやったアイヴォリーは手馴れた手つきで彼らの持ち物を検分した。その様子からは躊躇の欠片も感じられず、まるで追い剥ぎが淡々と死体から使えるものを剥ぎ取るように、ただ無言で荷物を漁っていく。
 既にやえとメイリーはその場にいない。彼女たち二人は、戦いで傷ついた身体を宝玉戦までに少しでも休めるようとしてアイヴォリーからは見えない木陰へと移動していった。もっとも、アイヴォリーにしてみればこの場合はその方が都合が良い。結局のところ、彼女たち二人はそんなことなど思いもよらないのだ。襲い掛かってきた相手から装備や金を奪い取るということは。今の状態をメイリーに見つかれば、彼女に全力で咎められ、漁って手に入れたものを返すように言われるに決まっている。アイヴォリーは小さく溜め息を漏らしながら、三人の荷物を検分する手を僅かに早めた。
 アイヴォリーが自分で言ったようにして相手に止めを刺すことは、探索者同士の間では認められていない。それはこの島の“ルール”、つまりは理で、それに従わない者は島にいることが出来なくなってしまう。だが、同じようにその理は、倒した者から一定の条件の元で収奪する権利が与えられていた。島を探索するのに必要となる装備や、その元となる素材。通貨として機能する力の篭った石。
 そのために、人狩りたちは探索者を襲う。そして、彼らに負ければ彼らの欲するものを奪われる。だが、それは同時に、逆の可能性も意味していた。つまり、襲われた側にも同じ権利が与えられているのだ。襲い掛かってきた者たちを撃退すれば、奪われるはずだったものを逆に彼らから収奪することがこの“島”では許されている。
 ころり、と一人の荷物の中から青い輝きが転がりだした。彼らが手にした宝玉。アイヴォリーたちがこの後戦って手に入れなければならないもの。紛うことなき水の宝玉が、アイヴォリーの目の前で静かに青い輝きを放って煌いている。

「ヤレヤレ、こんなカタチでお目にかかるコトになるとはな。」

 小さく独り言を呟いてから、アイヴォリーはそれを手に取った。そうして拾い上げただけでもその力は感じられる。溢れ出る精霊の力が、中に閉じ込められた“島”そのものの力が、アイヴォリーの手に伝わっていた。
 暫し魅入られたようにして手のひらの中で輝く青い宝玉を見つめていたアイヴォリーだったが、ふ、と鼻で笑いをこぼしてそれを彼らの荷物の中へと戻した。ここで彼らから奪っても、本来の予定通りに守護者を倒してそれを手にしても、その価値に差はない。この人狩りたちも、宝玉を奪われればそれから少しの間は困ることだろう。だが、それも次に彼らが犠牲者を倒すまでの短い間だけのことだ。どちらにしてもこの後宝玉のために戦うことに変わりのない今のアイヴォリーたちには、求めてきたそれは今このときにおいては不要のものだったのだ。
 三人の荷物の中から、小さな石をまとめて入れてある袋を探し出す。その中身を半分だけ、つまり決められた量に分けてその半分をケープの隠しポケットに入れるとアイヴォリーは立ち上がった。足で蹴り飛ばしてその使い手から離しておいた三人の武器を拾い上げ、近くの茂みへと隠す。すぐに見つけられるだろうが、それを探す時間で自分たちを追いかけられないようにするためだ。
 かつての“島”では、負けた者に容赦はなかった。宝玉はその持ち主を倒した者を自動的に新しい所有者として認め、装備はすべて奪われ、貯めておいた食料も同じようにして奪われた。そんな苦い経験を幾度もアイヴォリーはしている。それは、あのときにおいては直接的に死へと近づく危険な敗北だった。だからこそアイヴォリーは人狩りを忌み嫌う。人の命を吸って自らの足しにする彼らを。
 “あのとき”に比べれば、今の“ルール”は甘いものだ。冒険者であった頃であっても、倒した敵の中から使えるものを探し出して自分が生き延びるために使い、報酬の足しとして売り払うのは日常茶飯事だった。だからこそ、手馴れているのだ。第一、負ければ奪われるのにこちらは奪わないのではあまりにも条件が不平等過ぎる。

「ッ……。」

 自分にどんな言い訳をしても、自らが為した結果は変わらない。
 そんな言葉が脳裏を掠めてアイヴォリーは舌打ちした。そう、やっていることは人狩り連中となんら変わらない。ケープのポケットに入れた小さな石が重たかった。
 後で、気付かれないようにしてメイリーの取り分を彼女の財布に入れておかなければ。そう、絶対に気付かれないようにして巧妙に。
 少しの間俯いていたアイヴォリーは、ようやく顔を上げて二人が休む木陰へと向かい始めた。その頬にはもう、先ほどまで浮かんでいた暗い表情は欠片もない。ただ、いつもの人を煙に撒く笑みが浮かんでいるだけだった。

    +    +    +    

 ようやく遺跡の外にある街に帰ってきたアイヴォリーは、メイリーと二人で買い物をしていた。その様子からは仲睦まじい恋人同士にしか見えない。無論アイヴォリーは否定するだろうが。
 そして、それを遥か遠くから見下ろす視線。アイヴォリーたちの進行方向に、天幕からこの“島”へと送り込まれた中の三人がいることも彼は知っていた。

「さて、そろそろかな。調度良い頃合だ。少し出かけてくるよ。」

 大きなパネルの映像でアイヴォリーたちの様子を見ていた赤い道化師が、彼以外に誰もいないいつもの書斎でそう語りかけた。それにどこからともなく答えるのは、聞きなれた少年の声。

「見てるだけの予定じゃなかったっけ?」

 その問いかけに、白い風よりも酷薄な、あまりにも酷薄な良く似た笑みで口元を彩って、運命を調律する男が答える。まるで何か、楽しいことを待ち受ける子供のような調子で。

「僕だって、このひとときの逢瀬を楽しみたいんだよ。折角の機会なのだから。」

 そういって立ち上がると、彼は使い慣れた鉄筆で宙に短い文章を綴り始めた。それを書き上げると、今度は転送のための術式を続いて綴っていく。

「+斜+そのとき、彼は先ほど見た売り物の魔除けが奇妙にも気になって、傍らの少女を伴い来た道を引き返し始めた。-斜-
 さて……夢の国の王、全にして一、一にして全、我が呼びかけに応えその門を開け……」

 その姿が掻き消えた後には、残滓を漂わせる緋色の文字だけが書斎に浮かんでいる。

    +    +    +    

 そのとき、アイヴォリーは先ほど見た売り物の魔除けが奇妙にも気になって、傍らの少女を伴い来た道を引き返し始めた。大したことはない、どこにでもあるような、効果の程も怪しげなものだったのだが、なぜか気になっていても立ってもいられなくなったのだ。どうせ二人で散歩しているようなものなのだと自分に言い聞かせ、アイヴォリーはさっき出てきた路地へと再び入り込む。そして、その路地の向こう側に同じく二人連れの人影が見えた。見覚えのある顔にアイヴォリーの笑みが優しいものになる。

    +    +    +    

 彼ら四人を見下ろす、奇妙な二つの人影。一つは魔術師然とした緋色のローブに、手入れのされていない乱れた髪の背の低い男。そして、燕尾服に身を包み煙草を咥えた今ひとつの人影。彼らは四人を見下ろして何事かを囁きあっている。

「そろそろ良い頃合だね。君が舞台を整えてくれたから、今から始められる。」

「紡ぐ物として、最高の一時を産みだそうじゃないか……さぁ」

「そう、綴る者として」

「――物語を、ハジメヨウか」

「運命を綴る、終わりのない夢を。」

    +    +    +    

 アイヴォリーの後ろにいたメイリーには、何が起きたのか分からなかった。嫌な予感がして、何か赤い大きな影がアイヴォリーに被さるようにして降りてきたように見えただけだった。だが、それはいつか、二人で冒険の合間に過ごしていた街で、自分を待たせたままどこかへと、アイヴォリーが消えてしまったあのときと、同じ感覚だった。

「……アイ……?」

 恐る恐る、世界で一番大切な目の前の背中へと声をかける。だが、振り向いた彼の頬には、普段なら決して見せない類の笑みが浮かんでいた。普段彼が浮かべているのとそっくりな、だが決して同じではない片頬だけの、冷徹な嘲笑。その瞳の奥には、どこか不安を掻き立てる赤い輝き。

「アイを返してっ!」

 咄嗟に叫んだメイリーに、目の前の男は冷たい笑みを頬に貼り付けたままで答える。その声はいつもの捻くれた、どこかで常に人を思いやる優しい声ではなく、人を見下すような、どこかに傲慢さを感じさせる冷たい声だった。

「良いとも。君が少しの間、この余興に付き合ってくれるのなら、ね。」

 アイヴォリーの背中に降りてきた赤い影を、自分は知っているとメイリーはそう思った。アイヴォリーが姿を消したその後、非現実的な書斎で自分に、彼の居場所を教えた魔術師。彼が“クソッタレ”と呼ぶ彼の敵。思わず印を結び魔術を解き放とうとして、身体は大切な人のものであることに印を解く。逆巻きかけた風は再び微風としてどこかへ散っていった。

「大丈夫、何もかもそのままで返すよ。約束しよう。この、ひとときの逢瀬の後で。
 ──手伝ってくれるね?」

 有無を言わせぬ問いだけを投げかけて、どこか虚ろな目をした白い風の身体は彼女に背を向けた。右のダガーだけを脚の鞘から抜き放ち、それで宙へと何かを描き始める。口から漏れるのは聞いたこともない詠唱。この男は、前にいる彼の知り合いである二人と、この身体で戦うつもりなのだ。そもそも選択肢は自分に与えられてはない。

「さぁ、このひとときの逢瀬に……。」

 宙に描かれた緋文字が魔力を放ち、輝き始める。

~二十三日目──戦い、後に続く新しい道~

  1. 2007/11/27(火) 05:21:34|
  2. 偽島
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今日のAIVO:22日目

人狩りは撃退。まぁあの状況で負けたら勝てる相手などいn(ry

人狩りバブルのはじける前に装備を調達するとしますか。
次回はくまっちとの練習試合にすべてをかけています。闘技ほったらかし。某もろぞふの人とかゴメンなさい。
まぁほら、勝てないしw
  1. 2007/10/20(土) 05:27:36|
  2. 今日のAIVO
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プロフィール

R,E.D.

Author:R,E.D.
crossing daggers,
edge of the wind that coloured BLANC,
"Clear Wind" assassin of assassins,
blooded eyes, ashed hair,

"Betrayer"

his stab likes a ivory colored wind.
He is "Ivory=Wind".

二振りの短剣
“純白”と呼ばれし鎌鼬
“涼風”として恐れられた暗殺者
血の色の瞳、白き髪

“裏切り者”

その一撃、一陣の象牙色の風の如く
即ち、“実験体”。

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